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停車場の少女
ていしゃばのしょうじょ
作品ID2591
副題――「近代異妖編」
――「きんだいいようへん」
著者岡本 綺堂
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成23 岡本綺堂」 国書刊行会
1993(平成5)年9月20日
初出「講談倶樂部」1925(大正14)年5月
入力者林田清明
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2005-07-02 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「こんなことを申上げますと、なんだか嘘らしいやうに思召すかも知れませんが、これはほんたうの事で、わたくしが現在出会つたのでございますから、どうか其思召でお聴きください。」
 Mの奥さんはかういふ前置をして、次の話をはじめた。奥さんはもう三人の子持で、その話は奥さんがまだ女学校時代の若い頃の出来事ださうである。

 まつたくあの頃はまだ若うございました。今考へますと、よくあんなお転婆が出来たものだと、自分ながら呆れかへるくらゐでございます。併し又かんがへて見ますと、今ではそんなお転婆も出来ず、又そんな元気もないのが、なんだか寂しいやうにも思はれます。そのお転婆の若い盛りに、あとにも先にも唯つた一度、わたくしは不思議なことに出逢ひました。そればかりは今でも判りません。勿論、わたくし共のやうな頭の古いものには不思議のやうに思はれましても、今の若い方達には立派に解釈が付いていらつしやるかも知れません。したがつて「あり得べからざる事」などといふ不思議な出来事ではないかも知れませんが、前にも申上げました通り、わたくし自身が現在立会つたのでございますから、嘘や作り話でないことだけは、確にお受合ひ申します。
 日露戦争が済んでから間もない頃でございました。水沢さんの継子さんが、金曜日の晩にわたくしの宅へおいでになりまして、明後日の日曜日に湯河原へ行かないかと誘つて下すつたのでございます。継子さんの阿兄さんは陸軍中尉で、奉天の戦ひで負傷して、しばらく野戦病院に這入つてゐたのですが、それから内地へ後送されて、矢はりしばらく入院してゐましたが、それでも負傷はすつかり癒つて二月のはじめ頃から湯河原へ転地してゐるので、学校の試験休みのあひだに一度お見舞に行きたいと、継子さんはかね/″\云つてゐたのですが、いよ/\明後日の日曜日に、それを実行することになつて、ふだんから仲の好いわたくしを誘つて下すつたといふわけでございます。とても日帰りといふ訳には行きませんので、先方に二晩泊つて、火曜日の朝帰つて来るといふことでしたが、修学旅行以外には滅多に外泊したことの無いわたくしですから、兎もかくも両親に相談した上で御返事をすることにして、その日は継子さんに別れました。
 それから両親に相談いたしますと、おまへが行きたければ行つても好いと、親達もこゝろよく承知してくれました。わたくしは例のお転婆でございますから、大よろこびで直に行くことにきめまして、継子さんとも改めて打合せた上で、日曜日の午前の汽車で、新橋を発ちました。御承知の通り、その頃はまだ東京駅はございませんでした。継子さんは熱海へも湯河原へも旅行した経験があるので、わたくしは唯おとなしくお供をして行けば好いのでした。
 お供と云つて、別に謙遜の意味でも何でもございません。まつたく文字通りのお供に相違ないのでございます。と云ふのは、水沢継子…

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