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奥間巡査
うくまぬじゅんさ
作品ID2689
著者池宮城 積宝
文字遣い新字旧仮名
底本 「池宮城積宝作品集」 ニライ社
1988(昭和63)年4月1日
入力者大野晋
校正者松永正敏
公開 / 更新2002-01-03 / 2024-01-20
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 琉球の那覇市の街端れに△△屋敷と云ふ特種[#「特種」はママ]部落がある。此処の住民は支那人の子孫だが、彼等の多くは、寧ろ全体と云ってもよいが、貧乏で賎業に従事して居る。アタピースグヤーと云って田圃に出て行って、蛙を捕って来て、その皮を剥いで、市場に持って行って売る。蛙は那覇、首里の人々には美味な副食物の一つに数へられて居るのだ。それから、ターイユトウヤー(鮒取)サバツクヤー(草履造)、帽子編…………さう云ふ職業に従事して居る。彼等は斯う云う賎業(?)に従事して居て、那覇市の他の町の人々には△△屋敷人と軽蔑されて居ても、その日常生活は簡易で、共同的で、随って気楽である。
 榕樹、ビンギ、梯梧、福樹などの亜熱帯植物が亭々と聳え、鬱蒼と茂り合った蔭に群った一部落。家々の周囲には竹やレークの生籬が廻らしてある。その家が低い茅葺で、穢しい事は云ふ迄もない。朝、男達が竿や網を持って田圃へ出掛けて行くと、女達は涼しい樹蔭に筵を敷いて、悠長で而かも一種哀調を帯びた琉球の俗謡を謡ひながら帽子を編む。草履を作る。夕暮になって男達が田圃から帰って来ると、その妻や娘達が、捕って来た蛙や鮒を売りに市場へ行く。それをいくらかの金銭に代へて、何か肴と一合ばかりの泡盛を買って、女達はハブに咬まれないやうに炬火を点して帰って来る。男達は嬉しさうにそれを迎へて、乏しい晩飯を済ますと、横になって、静かに泡盛を啜る。さう云ふ生活を繰り返して居る彼等は、自分達の生活を惨めだとも考へない。貧しい人達は模合(無尽)を出し合って、不幸がある場合には助け合ふやうにして居る。南国のことで、冬も凌ぎにくいと云ふ程の日はない。斯うして彼等は単純に、平和に暮して居るのである。
 だが、斯う云ふ人達にとっても、わが奥間百歳が巡査と云ふ栄職に就いた事は奥間一家の名誉のみならず、△△屋敷全部落の光栄でなければならなかった。支那人の子孫である彼等、さうして貧しい、賎業に従事して居る彼等にとっては、官吏になると云ふ事は単なる歓びと云ふよりも、寧ろ驚異であった。
 そこで、奥間百歳が巡査を志願してると云ふ事が知れ渡ると、部落の人々は誰も彼も我が事のやうに喜んで、心から彼の合格を祈った。彼の父は彼に仕事を休んで勉強するやうに勧めた。彼の母は巫女を頼んで、彼方此方の拝所へ詣って、百歳が試験に合格するやうにと祈った。百歳が愈々試験を受けに行くと云ふ前の日には、母は彼を先祖の墓に伴れて行って、長い祈願をした。
 かうして、彼自身と家族と部落の人々の念願が届いて、百歳は見事に試験に合格したのである。彼と家族と部落民の得意や察すべしだ。彼等は半日仕事を休んで、百歳が巡査になった為の祝宴を催した。男達は彼の家の前にある、大きな榕樹の蔭の広場に集って昼から泡盛を飲んだり、蛇皮線を弾いたりして騒いだ。若い者は組踊の真似をしたりした。

 それ…

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