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奇賊悲願
きぞくひがん
副題烏啼天駆シリーズ・3
うていてんくシリーズ・さん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第12巻 超人間X号」 三一書房
1990(平成2)年8月15日
初出「実話と読物」1947(昭和22)年5月号
入力者tatsuki
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-12-29 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   義弟の出獄


 烏啼天駆といえば、近頃有名になった奇賊であるが、いつも彼を刑務所へ送り込もうと全身汗をかいて奔走している名探偵の袋猫々との何時果てるともなき一騎討ちは、今もなお酣であった。
 その満々たる自信家の烏啼天駆が、こんどばかりは困り果ててしまった。散歩者の胸の中から心臓を掏り盗る技術も持っているし、一夜のうちに時計台を攫っていってしまう特技もある怪賊烏啼にとって、天下に困ることは一つもない筈だったが、こんどというこんどばかりは、彼は大困りに困り果ててしまったのである。そのわけは、彼の只一人の愛すべき、義弟が、満期になって刑務所から出て来たことだった。
 刑務所から晴れて出て来たんだから、まことに結構なわけで、困る事なんかすこしもない筈だが、かれ烏啼は大いに困り果てるのだった、というのはこの義弟的矢貫一なる青年は一に二を足して三になったほどの非常に単純な男であった。その上に彼はピストルを発射することがたいへん好きであって、もし何人か何十人かがピストルを持っていて彼もその中に交っていたとしたら、誰れよりも真先にピストルの引金をひくのは彼的矢貫一に違いなかった。なおその上に、彼の射撃たるや千発千中どころか万発万中という完璧な命中率を保持していることであった。
 さような次第だから、的矢貫一が出獄し、当節の一から百まで腹立たしい世間へ顔を出したとなると、単純な彼を怒らせる機会はいくらでも転がっていて、ぱぱンぱぱンと直ぐさまピストルから煙を出すようになることは必至である――と、義兄烏啼天駆は推測しているのである。
 ピストルから弾丸をくりだせば、当今どういうことになるか、恐ろしい結末になることは知れていた。それに奇賊烏啼としては、ピストルを放って相手の命を取りっ放しにしたり、重傷を負わせて溝の中に叩きこんで知らぬ顔をしたりするのは、極めて彼の趣味と信条に反する唾棄すべき事柄であった。そんなことがあれば、烏啼はふだん何とかかんとかいって紳士ぶっているが、彼奴の弟は人間にあるまじききたないことをやっているじゃないかと、世間から後指を指されるのが、今から予想するだに烏啼にはたまらない厭なことだった。
 さりとて、この義弟を掴えて、ピストルを発射するな、弾丸を人様に命中させるなと強意見を加えても、それは蛙の面に小便、鰐の面に水のたぐいであって、とても義弟の行状を改めさせる効力のないことは、それを試みるまでもなく分っている。
 こういう次第だから、烏啼天駆の懊悩するのも尤もであった。そして彼は次第に食慾を減じ、女人をして惚々させないではいない有名なる巨躯紅肉が棒鱈のように乾枯らびて行くように感ぜられるに至ったので、遂に彼は一大決心をして、従来の面子を捨て、忍ぶべからざるを忍び、面の皮を千枚張りにして、彼が永い間ひそかに尊敬している心友の許へ出掛けて行き、すべて…

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