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都会地図の膨脹
とかいちずのぼうちょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・11 「文芸戦線」作家集(二)」 新日本出版社
1985(昭和60)年3月25日
入力者林幸雄
校正者浅原庸子
公開 / 更新2002-03-12 / 2014-09-17
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     序景

 窓は広い麦畠の、濃緑の波に向けて開け放されていた。擽るような五月の軟風が咽せかえるばかりの草いきれを孕んで来て、かるく、白木綿の窓帷を動かしていた。
 南面の窓に並んで、鉄筋混凝土の上層建築が半分ほど出来あがっていた。その上に組まれた二本の大きな起重機は、艶消電球のような薄曇りの空から、長い鉄骨の手を伸して、青い麦畠やそのまわりの小さな建物を掴みあげようとしていた。
 北側の窓の真ん前には、建築混凝土用の捲揚機が組まれて、大規模の工場が建築されかけていた。その建築場と校庭との間には、焼跡のような住宅予定地が拡っていた。塵埃や紙屑や、瀬戸物の破片、縄端、木片などが散らばり、埋め、短い青草の禿げている空地。校庭から子供達がときどきそこへ転り込んで行った。
 建築場の空では、カラカラカラララララと、ひっきりなくクレインが鳴っていた。混凝土をあける音は一日中、一定の時間を置いて、窓窓の硝子を震動させた。
 尋常五年の教室では地理の時間が始っていた。黒板の片隅には、縮尺五千分の一の「本郡全図」が掛けられていた。地図に対する概念を固めるために、生徒の熟知している土地の地図に就いて、踏査的教授を与えているのであった。
「この地図の上で、煉瓦色に塗られてある部分は、市街から続いて来ている郡部の町で、この緑色の部分は、田舎なのです。即ち私達の村がこの緑色の部分なのであります。ところが、これは三四年前に拵えた地図で、毎年一度ずつ訂正を加えているのですが、現在では又この地図とは大部違って来ているのであります。」
 そこで教師は、ぽんと、細い竹鞭で地図の上を打った。動きかけていた生徒の視線が又一斉にそこへ集って行った。
「何処がどんな風に変ったか? 今日は一つ、皆さんにその変ったところを見つけて貰らおうと思うのだが、さあ誰かわかる人はありませんか?」
 教師は又ぽんと地図を打った。
「地図の中央を流れている川の、水の色が変ったのであります。以前は綺麗な水が流れていたから水色になっていますが、川上に住宅地が出来てから、住宅の人達が、塵埃だの洗濯水だの、いろいろな穢いものを川へ流すので、現在では、黒い水が流れているのであります。」
「川の、水の色か? うむ。」
 教師は唸った。そして言った。
「併し、地図の上で川を水色にしてあるのは、第一の目的が(これは川だぞ)と云うしるしなので、黒い水が流れているからと云って黒く描いたら、道路か何かと間違われやしないかな? 誰か他に……」
「学校の前から、住宅地の方へ行く、真直ぐな四間道路が新しく出来たのであります。」
「学校の前から住宅地の方へ行く新道。よろしい!」
 言いながら教師は、赤い白墨で、地図の上に一本の直線を引いた。
「この新道が、去年の今頃から今日までに出来たものの一つ。それから何処かに変ったところが無いかな? さ…

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