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ワーニカとターニャ
ワーニカとターニャ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年9月20日
初出「新青年」1931(昭和6)年4月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2002-11-17 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 黄色いモスクワ大学の建物が、雪の中に美しく見える。凍った鉄柵に古本屋が本を並べてる。
 狭い歩道をいっぱい通行人だ。電車が通る。自動車が通る。
 モスクワ大学のいくつもある門を出たり入ったりする男女の学生の年は、まるでまちまちだ。
 九年制の統一労働学校(小学校)を出ていきなり入ったらしい子供っぽい青年たち、娘、カセ杖ついて、重そうな書類入鞄を下げ相当ふけた男女学生もいる。(革命の国内戦やヨーロッパ戦争で負傷した人々だ。)みんなは笑ったり、喋ったり、または誰も対手にしないで片手をポケットへつっこみ、ズンズン歩いてく皮帽子の女学生もいる。
 ワーニカの親父は、旋盤工で、「鎌と鎚」工場に勤続二十五年の労働者だ。親父は一九一八年に党員になった。
 ワーニカは、「鎌と鎚」工場の工場学校でずっと勉強し、共産党青年だ。去年、工場委員会が彼を職業組合へ推薦して、モスクワ大学で経済と法律の勉強をするようにしてくれた。
 ワーニカは、だから元気だ。元気な息子を見て、ワーニカのおふくろはよろこんで、親父の古外套を仕立直して、ワーニカのにしてくれた。
 十分暖い。防寒靴はだいぶ古で、歩くとパクつくが、何! これがソヴェト五ヵ年計画に障害を来すわけでもないさ。――
 ワーニカは、わいわい云いながら入口で防寒靴をぬいでる一かたまりの男女学生の中に、見なれた円い緑色の毛糸帽を見つけた。
 モスクワには、そんな緑色の帽子をかぶってる女がうんといるわけなんだが、ワーニカは、例えそれが五つかたまってたって、見そこなわないだろう。
 ――どうしたい? ターニャ!
 うしろから、その緑色帽の肩へ自分の肩をぶつけてワーニカが云った。
 ――昨夜、お前はよく話したな。
 党員や学生、労働者たちはみんな互に「お前」で話す。ターニャは党員じゃない。けれど、自動車工場に働いてる労働者の娘だ。モスクワ大学男女学生が、赤色学生連盟から『赤色学生』っていう雑誌を出してる。昨夜は、その発行所で、大学寄宿舎生活についての討論があった。自己批判だ。ターニャはその時、おかっぱを活溌にふりながら、自習時間がやかましいことや、自治に対してみんなが無責任だ。いたずらに外套をかくしたり本をかくしたりする者もある。(大学寄宿舎は男女学生一緒。室だけきっちり分れてる。)我々はそんな子供なのか? というようなことを話したのだ。ターニャも学生委員(衛生部)の一人なんだ。
 ――ワーニカは批判能力がないんだ。
 チリチリこまかにちぢれた髪のイリーナが、賢い皮肉な笑顔で云った。
 ――ターニャの話したことは、もう陳腐な古くさいことよ。誰だって知ってる!
 ――俺はイリーナを支持するよ。
 ――何ガーガー云うのさ。
 のどまで、灰色のスウェーターをきっちり着こんだマルーシャが一段高い声で云った。
 ――これは規律の問題より、むしろ空間の問…

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