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ドン・バス炭坑区の「労働宮」
ドン・バスたんこうくの「ろうどうきゅう」
作品ID2756
副題ソヴェト同盟の労働者はどんな文化設備をもっているか
ソヴェトどうめいのろうどうしゃはどんなぶんかせつびをもっているか
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第九巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年9月20日
初出「大衆の友」1932(昭和7)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2002-12-07 / 2014-09-17
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 世界の経済恐慌につれて、日本でも種々の生産(製糸、紡績、化学、運輸等)が低下し、それにつれて燃料原料となる石炭は二割七分の生産減を見た。北九州地方の炭坑労働者の生活などはこの頃以前にましてひどい有様になって来ている。(賃銀は一日平均十時間労働で一円五六十銭やっとだ。恐慌前から見ると二十銭以上引下げ)
 これは北九州の或る坑山で実際にあった話であるが、或る坑山が所謂事業不振で閉鎖されることになった。会社の方では儲がうすくなったから、これ以上損をすまいと勝手に閉めるのだが、その日から女房子供を抱えて路頭に迷わなければならない数百人の労働者達は、黙ってそうですかと引込んではおれない。かたまって事務所へ押しかけ、閉めるのは勝手だが、俺たちの命がつなげる方法を講じろと迫った。会社ではあわてて、一策を案じ出した。それは、失業させられた労働者中の希望者は県当局がいくらかと会社がいくらかと旅費を補助して「満州国」へ移住させるというのだ。
 会社の事務員は「満州国」へ行きさえすれば仕事は山ほどあり、物価はやすいし仕合わせずくめの話をする。ブル新聞では「新天地満州国」とか、日本の「大衆の幸福の鍵満州国」という風な太鼓をたたいているから、失業させられ、食う道を求めて焦っている労働者たちは到頭心を動かされた。僅かの旅費の補助を土台とし遠い満州国へ移住するのだからと家財道具をも売り払って、女房子供を引きつれ数百人が一団となって幸福を求め旅立って行った。
 長春は新京と名を改め、今は「満州国」の首府である。着いて見て、北九州の労働者達は拳を握って口惜しがった。会社と県当局とに、一杯くわされたことがわかった。「満州国」の役人は職業の世話をしてくれないばかりか、テンから邪魔者扱いである。「こっちにはお前らよりもっとやすい賃銀で働く中国の労働者がいくらでもいるから用はない」そう云って放り出された、とり合ってくれぬ。
「満州国」がわれわれ大衆の暮しをよくする役に立つというようなブルジョア・地主政府の云い草は嘘である。中国を植民地として、中国の労働者を一層やすい賃銀で搾り、ブルジョア・地主が大衆を抑圧する力を強めようとしているばかりである。そういう事実が労働者たちに分った。人間なみの生活を求めて行った「満州国」でも労働者が得たものは「飢餓」と失業とである。
 困り切った北九州の労働者の大部分は故郷へ又戻って来た。出立の時よりもっともっと無一文になり、殆ど乞食姿で戻った。「満州国」から帰る旅費はどこからも補助されなかったのである。
 この話をきいた時、私の心にきつく浮んだ一つの活々した絵がある。それはソヴェト同盟の炭坑労働者の生活の有様である。
 一九二八年の初秋(五ヵ年計画の始る前年であった)私はドン・バス炭坑区の中心ゴルロフカを見学した。五ヵ年計画によってウラル地方にも大きい炭坑区が出来たが…

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