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今日の女流作家と時代との交渉を論ず
こんにちのじょりゅうさっかとじだいとのこうしょうをろんず
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「読売新聞」1922(大正11)年5月31日~6月2日号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-01-28 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          一

 女性からどうしてよい芸術が生れ難いか、またこれまで多く女性によって発表された作品に、どうして時代との交渉が少なかったかというような問題に対して、私は先ず第一に文芸の本質たる個人の成長ということを考てみたいと思います。私は物を見る時に、必ず個人という観念を基礎にして物を見ます。その物を見究めることに於いて、個人としての女、個人としての男に就いていうならば、その生活上に於ける色々の意味から、個人としての女の方に、ヨリ多くの欠陥が見出されます。
 今、女の立場からその個人の成長に就いていえば、――それは当然私自身のことですが、私の小さかった時代には、反って或る一種の反抗心が私に仕事をさせたものです。そしてそれは可なり純なものではあったものの、同時に単調であったに違いありません。尤も今日に於いてもそれは依然として存在していますが、そればかりでは仕事は出来ません――そうした女にのみ負わされているものが、いろいろ目前に積まれていることです。それを切り抜けるには男の知らない苦労、努力がいります。これらのものは過去の社会制度、組織、または生れながらにして与えられた性的関係――これは日本の女だけかも知れないが――女の個性の充分の発達を阻止しつつあるからではないのでしょうか。
 この芸術に専念する力を阻止するもの、今それをデリケートな問題として見るならば、生理的方面からは、女の持った細かい神経の動きが、生活感情に影響することによって、その時々の生活感情に捉われ易いことです。これは男よりも女の方が細かく、正直に、同一の物に向っても或る時は極端に悪く、或る時はこの上もなく可愛いという、感情の大きな動揺が波打つことによって、その本心が何処にあるかを知ろうとすること、それに就いては男よりも、女がもっと深く屡々反省する必要があるのです。それは女性に共通の一種の道徳観念とでもいうのでしょう。
 また一方から考えると、女は特別な貞操観を強いられることによって、その芸術が阻止されることになるのです。それは男性なれば極端な性欲或いは愛の葛藤も書け、そしてそれが批判される場合も、女性によって書かれたもの程つまらない好奇心を起させますまい。勿論、芸術品に対してそんな下劣な観賞者の言葉を気にする必要はないわけですが、この懸念が実際に女の心の中にあるのは、争われない事実であります。

          二

 仮りにそうしたデリケートな場合を想像するならば、此処に一人の女があって、その人が大胆な恋愛の葛藤を書いたとします。と、それに就いて、自分は自分の態度を信じ、良人もまたそれを理解していてくれる。然し、それが対社会的になって、一人の人間として社会に入って行くとなると、其処にいろいろ困難な実際上の出来事が待ち設けています。例えばその作品に対する作者の自由な態度を曲解して、そ…

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