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生爪を剥ぐ
なまづめをはぐ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・8 葉山嘉樹集」 新日本出版社
1984(昭和59)年8月25日
初出「不同調」1927(昭和2)年1月号
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-02-24 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 夏の夜の、払暁に間もない三時頃であった。星は空一杯で輝いていた。
 寝苦しい、麹室のようなムンムンする、プロレタリアの群居街でも、すっかりシーンと眠っていた。
 その時刻には、誰だって眠っていなければならない筈であった。若し、そんな時分に眠っていない者があるなら、それは決して健康な者ではない。又、健康なものでも、健康を失うに違いない。
 だが、その(時刻)は眠る時刻であったが、(時代)は健康を失っていた。
 プロレタリアの群居街からは、ユラユラとプロレタリアの蒸焼きの煙のような、見えないほてりが、トタン屋根の上に漂うていた。
 そのプロレタリア街の、製材所の切屑見たいなバラックの一固まりの向うに、運河があった。その運河の汚ない濁った溜水にその向うの大きな工場の灯が、美しく映っていた。
 工場では、モーターや、ベルトや、コムベーヤーや、歯車や、旋盤や、等々が、近代的な合奏をしていた。労働者が、緊張した態度で部署に縛りつけられていた。
 吉田はその工場に対してのある策戦で、蒸暑い夜を転々として考え悩んでいた。
 蚊帳の中には四つになる彼の長男が、腐った飯粒見たいに体中から汗を出して、時計の針のようにグルグル廻って、眠っていた。かますの乾物のように、痩せて固まった彼の母は、寝苦しいものと見えて、時々溜息をついていた。
(一体どうするのが、俺には一番いいのだろう)
 彼は、暑さにジタバタする子供の寝顔を、薄暗い陰気な電燈の光に眺めた。
(一番いいのは、俺が首を吊ってしまうことだ!)(だが此年寄のおふくろは? 三人目の子供を産むために、下の児を連れて県病院の施療病室にいる女房は? 此二人の可愛いい男の子と、それから今度生れる赤ん坊とは? それはどうなるんだ? どうして生きて行くんだ? オイ!)
 吉田は大きな溜息をついた。両方の手で拳を固く拵えて、彼の部厚な胸を殴った。
(だが、何とも為方はないさ。俺がよしんば死なないにした処で、――今度の事――で監獄に打ち込まれるとしたらどうだ! 死んだのと同じことになるじゃないか。いっそのこと……)
「おまい、寝られないのかい? 又早く出かけなけゃならないのにねえ」
 おふくろは弱い声で云った。「お母さんも眠れないんですか。わしは今までグッスリ眠ったんですよ。腹の具合は少しはいいですか?」
(腹の具合が良かろう筈がねえじゃないか、医者にもかけねえ、薬も飲まさせねえ、軟かい滋養分も食べさせない、その代りに子供の守をさせてる! 地獄だ! 自分で看護婦が入用な、垂れ流しの老人に、子供の守をさせる。死ぬまで車を引っ張る馬のように、死ぬまで苦労を背負わせるんだ。子供が七輪の炭火の上に倒れても、よう起さないで泣き出してしまう老人に、――畜生! 俺は一体どうなればいいんだ。ああ、――明日も早いから――とおふくろは云ってる。明日俺の出かけるのは…

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