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婦人作家の「不振」とその社会的原因
ふじんさっかの「ふしん」とそのしゃかいてきげんいん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「週刊婦女新聞」1933(昭和8)年7月23日号「談話リレー」
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-07 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 婦人作家が振わないと云うことがよく言われますね。之は女の特性によるものか、つまり女に天性その能力がないせいなのか、それとも他の条件によるものなのか。
 婦人作家「不振」の声は今更のことではありません。昔から誰でもが言ったことですが、然し何故に不振なのか、其原因を科学的に説明した人はありませんでした。で、私はその問題を話してみたいと思います。
 婦人作家「不振」の原因は、他のすべての社会現象同様、社会組織の如何にあります。御存知のように日本には徹底したブルジョア革命が無かったから、封建時代の思想、遺習が多分に残っていて、女の文化程度が非常に低い。今日日本で婦人労働者の数は全労働人員の四割七分を占めているが、その大部分は繊維工で、教育程度は平均僅かに小学四年です。婦人の高等教育機関もあるが、それを受け得る者は極く少数のブルジョアに過ぎない。尨大な繊維女工の群はブルジョア日本の特質をなすものでありますが、彼女等の生活は封建的隷属状態より少しも解放されて居らず、ブルジョアは彼女等に、漸く機械の操縦が出来る程度の教育しか許さないのです。
 繊維女工以外の婦人に眼を転じても、事情は同じで、女はなるべく封建的家庭労働や資本家の搾取に都合のよい低い教育しか許されていないのです。正直な所、亭主より豪い女が出来ては困る! と云うのが支配階級とその亜流の心情なのです。
 このような事情が、文学との関係にどう現れるかと云うに、少数のブルジョア高等教育を受けた女は、知識程度は高いようでも、内容の貧弱な低い生活しか持たないために、例えば宗瑛のような人にしても、結局詰らないものしか書けません。
 では矢田津世子とか大田洋子、堀寿子とか云うような小ブルジョア階級の婦人作家はどうかと言えば、彼女等は苦しい小ブル生活をしている。そして彼女等の生活は小ブル階級の一般的恐慌と密接に結びついて書くもので食べて行かなければならなくなっています。一方ブルジョア雑誌は不景気を切り抜け、民衆を現実から欺瞞する為に低級なエロとナンセンスで売りつけようとします。故に彼等は真面目な作品よりもエロとナンセンスを要求します。彼女等はエロやナンセンスを書くことを悲しいと思う。然し書かねば喰えないから仕方なく書く。真面目な作家はそれを煩悶するとしても、然し積極的にそう云う不健全な社会を改革しようなどと云う熱情は、その階級性によって多く持っていないから、いたずらに感傷主義に浸るだけで、彼女等には正しい生活を建設しようとする気魄に欠けています。芸術作品は単に作品だけが独立して生れるものではない、生活が作品を作るのですから、感傷的逃避的な生活から、立派な作品が生れる筈はありません。
 それならばプロレタリア作家の方はどうか。これは極めて興味ある問題です。女流作家「不振」を叫ぶ批評家達はプロレタリアートの未来を信じません。成程…

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