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小説の選を終えて
しょうせつのせんをおえて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年12月20日
初出「文芸評論」1934(昭和9)年10月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-02-09 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私のところへ送付された十数篇の応募原稿の中から、左の四篇を予選にのこして回覧した。予選には洩れたが、何かの意味で書き直したら作者の勉強になるだろうと考えられた作品にはそれぞれ寸評を加えて原稿を送りかえした。
 今回は、大体に云って特にずばぬけた作品がなかったのは残念である。この次には大いに期待している。
「火葬場の下」  榎南謙一
 特殊部落に恐るべき悪臭をふきつける火葬場移転要求をして、二年も闘っているところへ指導に行った若い全会の闘士と、それを支持する少年等、やがてその村をおそった嵐について書かれ、実感のこもった、描写もある。しかし、この部落の闘争の背景をなす大きい運動が感じられるように書かれていず、又はじめにいきなり葬式行列と死骸のやかれるひどい有様からかき起したのは構成の上で失敗である。全体の結構から云ってあすこは必要ない。それから、作者は「であろう」という文句を何か適当しない場所につかっている。そのために、文章がよく考えてかかれたのでなくて、かき飛ばされているような印象を与える。
 この作者の応募詩の或るものを一寸よむ機会を得たが、小説の中と詩の中と、同じ表現が幾度もつかわれていることに注意をひかれた。必しも咎めることは出来ないが、現実を周到に観察し、それぞれをなるたけ正確に、活々と表現しようと努力してゆけば、自然とそういう欠点はなおるであろうと思う。
 終りの印象的にとらえられている場面は書きかたをもっと煩雑でなくするとズッと活きて来る。以上の点を考慮に入れ、予選作品の中では、まとまっている方であると思った。
「製本職工の創った小説」  谷英三
 この作は、はじめ筆をおろすときに、小説の終りの部分(つまり職場仲間がやられたのにただ手をつかねて見ているばかりであった製本工場内の実際の有様)までを一貫してハッキリ見とおし、そこへ来るまでのいろんな出来ごとを、その主な骨に結びつけて活かすように書いたら、きっと面白いものになっただろうと思う。作者はただ、あれの次このこと、このことの次に斯うなったと、ぼんやり事に追われて、並べている。元気のいい、若い調子は結構だけれども、この作ではすこし調子に、のりすぎていると云えないこともない。職場のひとらしい独特の味もあるのだから、いそがず又次々に実際生活での経験をじっくり作品にして行ったらいいと思う。
「開墾仲間寅公」  猪狩満直
 私は北海道へ行ったことがあるので、作者が荒々しい開墾地をかこむ自然の雄大さなどを描こうとしている心もちがよく分って読んだ。然し、寅公が六年も辛棒した揚句に、折角辛苦した土地をすてて故郷へかえらねばならなかった程の濃厚な窮乏の気分が十分出ていない。一応とりあげられている、穀物の安価、馬を熊にとられた事件等だけでは読者に北海道へ移住した農民の深刻などたん場の有様がうつらないのである。それは…

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