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翻訳の価値
ほんやくのかち
副題「ゴロヴリョフ家の人々」にふれて
「ゴロヴリョフけのひとびと」にふれて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十二巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年4月20日
初出「九州帝国大学新聞」1940(昭和15)年11月27日号
入力者柴田卓治
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-04-11 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 日本の知識人の読書表には、実に翻訳がどっさり入りこんでいると思う。文学書にしても、日本ぐらい月々幾冊もの訳書が出版されているところは余り無かろうと思う。アメリカなどは、どっちかと云えば翻訳書が比較的どっさり出る方だろう。新しくて若いアメリカの文化はヨーロッパの文化の富から吸収するべきものを少からずもっているわけだし、ああいう社会生活の習俗では、イギリスの読書人たちのようにフランス語やドイツ語の知識を不可欠に考えてもいないだろうから、特にフランス文学の翻訳などは相当広汎によまれることが想像される。
 ソヴェトもきっと随分どっさりの翻訳書を出版しているだろうと思う。文化の各部門に亙って代表的な古典だの全集だのが翻訳されて、夥しい部数で一般の日常生活の中へもたらされている。ここでは、文盲退治で字がよめるようになった人たちがいきなり最高の古典にふれて行ってトルストイの小説をよむと同時にゾラをもよむという独特旺盛な興味ふかい文化摂取の道を辿っている。
 日本に翻訳書が沢山出るということの背景には、やはり日本の特殊な地理的条件につれて社会の特徴が見られるのだと思う。東海の封じられた小島としての条件のなかで、我々の祖先の秀抜な人々が、真理を求め、知識をさがして生命の危険さえ冒しながら粒々刻苦して、偶然渡来した医書や物理書の解読や翻訳に献身した努力と雄々しさとは、前野良沢や杉田玄白が日本で最初の解剖書となったターヘルアナトミアの翻訳に賭した心血の高貴さに語られている。日本の暁として翻訳の仕事は寧ろ悲壮な姿で開始されているのである。

 一二年このかた、出版にもインフレ景気ということが云われるようになった。文学書の翻訳も溢れているが、果してそのうちの幾割が、文学的な再現の成功までは言わず、少くとも信頼に足りる仕事なのだろうか。
 訳しにくいところはどしどしとばしてしまう。そんな話も屡々きく。文学作品のいのちは、訳しにくいような表現のなかに案外ふくまれているとも云えるのだから、もしそうだとすれば、私たちは読者として、云わば一番その作者らしくその作品らしい精髄はぬきすてたあとの、至極常識的な語感でもわかる部分だけ買わされ、よまされているということになるのである。
 ブルージェの「死」、「家」が流行したらしいけれども、あの訳について、日本の文章としてだけよんでも、何か腑に落ちないものがあるを感じた人はなかっただろうか。概して今日の読者は、作品をそんな風に感じてよんだりしなくなっていて、題だの筋だので買うとでも云うのだろうか。
 文化の粗末さについては、作家もいくらかの責任を感じなければならないと思った。せめて文学書の翻訳に対して、作家は作家として、もう少し責任ある関心をもち研究や発言もして行かなければならないのだと思う。さもないと、読者は、フランスの世界史的意味の退敗をさえ、ブル…

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