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二少女
にしょうじょ
作品ID2945
著者国木田 独歩
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学大系 序」 三一書房
1955(昭和30)年3月31日
入力者Nana ohbe
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-12-27 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        上

 夏の初、月色街に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄の音高く、芝琴平社の後のお濠ばたを十八ばかりの少女、赤坂の方から物案じそうに首をうなだれて来る。
 薄闇い狭いぬけろじの車止の横木を俛って、彼方へ出ると、琴平社の中門の通りである。道幅二間ばかりの寂しい町で、(産婆)と書いた軒燈が二階造の家の前に点ている計りで、暗夜なら真闇黒な筋である。それも月の十日と二十日は琴平の縁日で、中門を出入する人の多少は通るが、実、平常、此町に用事のある者でなければ余り人の往来しない所である。
 少女はぬけろじを出るや、そっと左右を見た。月は中天に懸ていて、南から北へと通った此町を隈なく照らして、森としている。人の住んで居ない町かと思われる程で、少女が(産婆)の軒燈の前まで来た時、其二階で赤児の泣声が微かにした。少女は頭を上げてちょっと見上げたが、其儘すぐ一軒置た隣家の二階に目を注いだ。
 隣家の二階というのは、見た処、極く軒の低い家で、下の屋根と上の屋根との間に、一間の中窓が窮屈そうに挾まっている、其窓先に軒がさも鬱陶しく垂れて、陰気な影を窓の障子に映じている。
 少女は此二階家の前に来ると暫時く佇止って居たが、窓を見上げて「江藤さん」と小声で呼んだ、窓は少し開ていて、薄赤い光が煤に黄んだ障子に映じている。
「江藤さん、」と返事が無いから、少女は今一度、やはり小声で呼んだ。
 障子がすっと開いたかと思うと、年若い姿が腰から上を現わして、
「誰た?」
「私。」
「オヤ、田川さん。」
「少し用事が有て来たのよ、最早お寝?」
「オヤそう、お上がんなさいよ、でも未だ十時が打たないでしょう。」
「晩く来てお気の毒様ねエ」と少女は少しもじもじして居る。
 二階の女の姿が消えると間もなく、下の雨戸を開ける音がゴトゴトして、建付の曲んだ戸が漸と開いた。
「オヤ好い月だね、田川さんお上がんなさいよ」という女は今年十九、歳には少し老けて見ゆる方なるがすらりとした姿の、気高い顔つき、髪は束髪に結んで身には洗曝の浴衣を着けて居る。
「ちょっと平岡さんに頼まれて来た用があるのよ、此処でも話せますよ、もう遅いもの、上ると長座なるから。……」と今来た少女は言って、笑を含んでいる。それで相手の顔は見ないで、月を仰だ目元は其丸顔に適好しく、品の好い愛嬌のある小躯の女である。
「用というのは大概解って居ますが、色々話もあるから一寸お上んなさいよ。」
「そう、あの局の帰りに来ると宜んだけど、家に急ぐ用が有ったもんだから……」
 といい乍ら二人は中に入った。
 入ると直ぐ下駄直しの仕事場で、脇の方に狭い階段が付ていて、仕事場と奥とは障子で仕切てある。其障子が一枚開かっていたが薄闇くって能く内が見えない。
「遅く来って御気毒様、」と来た少女は軽く言った、奥に向て。
「どう致しま…

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