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新しい文学の誕生
あたらしいぶんがくのたんじょう
副題若い人に贈る
わかいひとにおくる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十三巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年11月20日
初出「勤労者文学」創刊号、1948(昭和23)年3月
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-05-14 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 文学に心をひかれる人は、いつも、自分がかきはじめるより先にかならず読みはじめている。しかも、わたしたちがはじめて読んだ小説や、詩はどんな工合にして手にふれたかと云えば、それは十中八九偶然である。そういう人は大抵よむのがすきで、年の小さいときからいつとはなしに、あれやこれやの文学をよんで来ているのだが、はじめて読んだ小説をいまわたしたちがわきまえているような意味では、小説だとさえ知らずに読みはじめたような場合も多いと思う。ふとよんだものに不思議にひきつけられ、犢がうまい草にひかれてひろい牧場の果から果へ歩くように、段々そういう種類の本をさがして読みすすんで、あるとき、ほんとに自分は文学が好きなのだった、と自分に発見する。こういう過程は、私たちのすべてが経験していることではないだろうか。
 文学の発端とでもいうような、こういういきさつを、思いかえしてみると、わたしの少女時代の遠い記憶のなかには、一つの棚があって、そこにゴタゴタにつみこまれていた無数の雑誌や本が浮んで来る。文芸倶楽部、新小説、ムラサキ、古い女鑑という雑誌。浪六の小説本。紅葉全集の端本。馬琴の「白縫物語」、森鴎外の「埋木」と「舞姫」「即興詩人」などの合本になった、水泡集と云ったと思うエビ茶色のローズの厚い本。『太陽』の増刊号。これらの雑誌や本は、はじめさし絵から、子供であったわたしの生活に入って来ている。くりかえし、くりかえしさし絵を見て、これ何の絵? というようなことを母にきいているうちに、年月がたつままに、その中のどれかを偶然によみはじめて、少女雑誌から急速に文学作品へ移って行った。
 わたしたちの文学にふれはじめる機会が、多くの場合は偶然だ、ということについて、深く考えさせられる。わたしの母が本ずきであったために、父の書斎になっていた妙な長四畳の部屋の一方に、そんな乱雑な、唐紙もついていない一間の本棚があった。わたしの偶然は、そういう家庭の条件と結びついたのだったが、ほかのどっさりの人々の偶然は、どこでどんな条件と結び合うのだろう。
 マクシム・ゴーリキイの「幼年時代」は、幼年時代について書かれた世界の文学のなかで独特な価値をもっている。あれをよむと、おそろしいような生々しさで、子供だったゴーリキイの生きていた環境の野蛮さ、暗さ、人間の善意や精力の限りない浪費が描かれている。その煙の立つような生存の渦のなかで、小さいゴーリキイは、自分のまわりにどんな一冊の絵本ももたなかった。ゴーリキイが、はじめて、本をよむことを学んだのは、彼が十二三歳になってヴォルガ河通いの蒸汽船の皿洗い小僧になってからだった。同じ船に年配の、もののわかった船員がいて、一つの本をつめた箱をもっていた。彼は少年のゴーリキイと一緒に、自分の読み古した本をよみはじめ、やがて、ゴーリキイが勝手にそこから本を出して読んではかえして置…

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