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梨の実
なしのみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥傑作集」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年6月25日、1954(昭和29)年9月10日29版改版
入力者林幸雄
校正者本山智子
公開 / 更新2001-05-01 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私がまだ六つか七つの時分でした。
 或日、近所の天神さまにお祭があるので、私は乳母をせびって、一緒にそこへ連れて行ってもらいました。
 天神様の境内は大層な人出でした。飴屋が出ています。つぼ焼屋が出ています。切傷の直ぐ癒る膏薬を売っている店があります。見世物には猿芝居、山雀の曲芸、ろくろ首、山男、地獄極楽のからくりなどという、もうこの頃ではたんと見られないものが軒を列べて出ていました。
 私は乳母に手を引かれて、あっちこっちと見て歩く内に、ふと社の裏手の明き地に大勢人が集まっているのを見つけました。
 側へ寄って見ると、そこには小屋掛もしなければ、日除もしてないで、唯野天の平地に親子らしいお爺さんと男の子が立っていて、それが大勢の見物に取り巻かれているのです。
 私は前に大人が大勢立っているので、よく見えません。そこで、乳母の背中におぶさりました。すると、そのお爺さんのしゃべっている事がよく聞えて来ました。
「ええ。お立ち合いの皆々様。わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御覧に入れます。大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら、大江山の鬼を酢味噌にして差し上げます。足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」
 すると見物の一人が、大きな声でこう叫りました。
「そんなら爺い、梨の実を取って来い。」
 ところが、その時は冬で、地面の上には二三日前に降った雪が、まだ方々に白く残っているというような時でしたから、爺さんはひどく困ったような顔をしました。この冬の真最中に梨の実を取って来いと言われるのは、大江山の鬼の酢味噌が食べたいと言われるより、足柄山の熊のお椀が吸いたいと言われるより辛いというような顔つきをしました。
 爺さんは暫く口の中で、何かぶつぶつ言ってるようでしたが、やがて何か考えが浮んだように、俄にニコニコとして、こう申しました。
「ええ。畏りました。だが、この寒空にこの土地で梨の実を手に入れる事は出来ません。併し、わたくしは今梨の実の沢山になっているところを知っています。それは」
と空を指さしまして、
「あの天国のお庭でございます。ああ、これから天国のお庭の梨の実を盗んで参りますから、どうぞお目留められて御一覧を願います。」
 爺さんはそう言いながら、側に置いてある箱から長い綱の大きな玉になったのを取り出しました。それから、その玉をほどくと、綱の一つの端を持って、それを勢よく空へ投げ上げました。
 すると、投げ上げた網の上の方で鉤か何かに引っかかりでもしたように、もう下へ降りて来ないのです。それどころではありません。爺さんが綱の玉を段々にほごすと、綱はするするするするとだんだん空の方へ、手ぐられでもするように、上がって行くのです。とうとう綱の先の方は、雲の中へ隠れて、見えなくなってしまいました。…

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