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火を喰つた鴉
ひをくったからす
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「逸見猶吉の詩とエッセイと童話」 落合書店
1987(昭和62)年2月20日
入力者林幸雄
校正者土屋隆
公開 / 更新2008-07-08 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 西蔵は世界の屋根といはれてゐるほどで、国全体が高い山々の連りだ。その山々の中でも群を抜いて高く、西蔵の屋根ともいはれるのが、印度との国境に跨るヱヴェレスト山である。その頂上には古い昔から、大理石のやうに硬くて真白な雪が凍りついてゐて、壁のやうにそゝり立つ、そこまで、まだ誰一人攀ぢ登つた者がない。さういふ天の世界にとゞくやうな、空気の稀薄いところでは、あれあれといふ間もなく、千年位の年月が流れてしまふさうだ。だから、ヱヴェレストは千年も前の出来事を昨夜の夢のやうにして話してくれる。
 随分古い昔のこと、ヱヴェレストのはるか麓に、ラランとよぶ一羽の鴉が棲んでゐた。もの凄いほど暗い、こんもりと繁つた密林の奥で、毎日歌つてる小鳥や仲のいゝ虫などを殺して喰[#ルビの「た」は底本では「あ」]べてゐた。喰べ飽きると、密林の上を高く気侭に飛ぶのが好きで、またその飛行振りが自慢の種でもあつた。ラランの悪知慧は有名なもので、ほかの鳥がうまく飛んでるのを見ると、近寄つては自分の尖つた嘴先でチクリと刺して墜落させてしまふのだ。そして、相手の鳥が下の方へとだんだん小さくなつて墜ちてゆき、見えなくなつてしまふと、その時こそ得意さうに羽を反らして、カラカラと空のまん中で、笑ふのだつた。けれどもあのヱヴェレストの頂上だけは、見上げたゞけでも目が眩んで、何度もそこまで飛んで見ようとしては、半分もゆかないうちに、疲れてしまつたラランはゾグゾクしながら、その度に羽を縮めて残念さうに顔をしかめるのだつた。
『癪にさわるけれど、誰か仲間を誘つてやらう。仲間と飛ぶなら楽なもんだ、何か饒舌つてるうちには着くだらうし。』
 柄にもなくこんなことを考えて、西蔵に棲んでる仲間の鴉を一々たづねて話したが、皆は日頃ラランの悪知慧をよく知つてゐるので、誰も一緒に飛ばうとするものがなかつた。ラランは不気嫌だつた。ヱヴェレスト位がなんだといふ顔付で、皆を馬鹿にしたやうに唾をやたらに吐くのだつた。すると一番最後にペンペといふ何も知らない若い鴉が出てきて『そいつはおもしろいな、ヱヴェレストのてつぺんまでは大飛行だ。僕は大賛成だ。ラランよ。僕でも大丈夫か。』
『そりや心配無用だ。ではすぐにでも出発しようか。』
 ラランはかう答へるや否や、もう、羽をひろげた。ほかの鴉たちはペンペを馬鹿なやつだと思ひながらもヱヴェレストの頂上目指して飛びだす元気に打たれた。ラランに続いてペンペがサッと密林の上に飛び出した。やがて羽を整へて、頭を高くあげた。だんだんと下界を離れる。もう千メートルだ。二羽の鴉はそこで初めて口をきいた。
『おい、ペンペ、下界を見ろ。すばらしい景色じやないか。お前なんぞこゝらまで飛んで来たこともあるまい。』
『もちろん僕は初めてだ。こんなに飛べるとは思はなかつたよ。愉快々々。そりやさうと大分寒くなつて来た。ラランよ、…

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