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椰子蟹
やしがに
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥傑作集」 新潮文庫、新潮社
1955(昭和30)年6月25日、1974(昭和49)年9月10日29刷改版
初出「赤い鳥」1924(大正13)年2月号
入力者林幸雄
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2001-08-27 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        一

 暑い暑い、どんな色の白い人でも、三日もおれば直ぐ黒ん坊になる程暑い南洋の島々には椰子蟹がおります。椰子蟹て何? 椰子の実を喰べる蟹です。じゃ椰子て何? 椰子は樹です、棕櫚に似た樹です。けれども実は胡桃に似ています。胡桃よりも、もっともっと大きな、胡桃を五十も合せた程大きな実です。胡桃のように堅い核が、柔かな肉の中にあります。それを割ると中からソーダ水のような甘酸っぱい水と、豚の脂のかたまったようなコプラというものが出て来ます。土人はそれを喰べます。私どもはそれで石鹸をつくります。椰子蟹はこのコプラを喰べて生きていますから、椰子蟹という名がつきました。

        二

 或島に一匹の椰子蟹がおりました。大変おとなしい蟹で、珊瑚岩の穴に住まっておりました。潮が退くと、穴の口にお日様の光りが覗き込みます。すると宿主の珊瑚虫はブツブツ言いながら身をちぢめますが、蟹は大悦びで外へ出ます。青い青い広い海は、ところどころ白い泡を立てております。そこにはまだ一度もじかにお日様にあったことのない隠れ岩があるのです。又或ところには大きな輪を置いたように岩が水の上に突き出て、その上に椰子の樹がぼさぼさと羽箒を逆さにしたように立っております。輪の内は浪がなくて、どんよりと青黒い水が幾千尋という深い海の底を隠しております。椰子蟹はまだこの深い底に行ってみたことはありませんでしたから、何がそこにあるか知りませんでした。ただ時々その青黒い水のどこからか、小さな金、銀、赤、青、黄など、さまざまの美しい色のお魚が、あわてて逃げて来ますと、すぐ後から、眼の凄い、口がお腹の辺についた、途方もない大きな鱶が、矢のように追いかけてきて、そこいらの水を大風のように動かします。鱶は椰子蟹には害をしません。けれどもそんな時には穴へ引込むものだよと、小さい時から母さまにおそわっているのでした。とにかくそれでみても、深い底には、とても思いもつかぬ不思議なものがいることが分ります。けれども椰子蟹はそんな下へ行く用事はありません。ただ上に行きさえすればよいのです。
 蟹は穴を出て珊瑚岩をつたわって上りますと、もうそこはマングロヴの林です。潮が満ちたときは半分は隠れますが、潮がひいたときでも腰から下はやはり水の中にあって、小さなお魚がその幹の間に遊んでおります。
 水を離れた蟹はお日様の熱ですぐ甲羅がかわいてしまいます。けれども口の中にはちゃんと水気があるような仕掛が出来ていますから、目まいがすることはありません。
「お日様、お早うございます。今日も又椰子の実をいただきに出ました。」と、蟹はお日様に御礼を言います。お日様はにこにこしてだんだん高く空にお昇りになります。
 その日も蟹は前の日に登った樹に、その長い爪をたてて登りました。枝から枝をたぐって実をさがしますが、どうもよい実があ…

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