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名人上手に聴く
めいじんじょうずにきく
作品ID3061
著者野呂 栄太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「野呂栄太郎全集 下巻」 新日本出版社
1994(平成6)年12月5日
初出「鉄塔」1933(昭和8)年3月号
入力者山田剛
校正者川向直樹
公開 / 更新2004-07-27 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう三、四カ月も前であったと思うが、偶然の機会に、木村八段の将棋講座のラジオ放送を聞いた。飛車落ち定石の説明のようであったが、私の聞いたのはその終わりの五、六分間である。木村八段はそこで、「上手に対して飛車落ち程度でさせるようになると、そろそろ定石を無視して自己流の差し方をするものであるが、それは厳重に慎まねばならぬ。よく人は、こちらがいくら定石通りに差そうと思っても、相手方がそれに応ずるように差してこないから、定石など実践においては役に立たない、というが、これは大きな心得違いだ。飛車落ちの対局だからといって、飛車落ちの定石がそのまま適用されるものではない。お互いに定石を紋切り型に繰り返すだけなら何の変哲もないものになってしまうだろう。上達して名人上手と言われるようになればなるほど、ますます変化を試みるが、それは決して定石を無視して差すのではなくして、定石に基づき、その上で変化を試みるのであって、いわば定石をさらに発展させて新しい定石を生み出すのである。実戦を重ねるに従って定石を始めて活用できるようになるのだ」というような意味のことを言われたと記憶するが、この木村八段のご注意は非常に深い感銘を私に与えた。
 それぞれ方面は異なっても、その道の名人上手と言われるほどの人びとの言動には、すべての人の心を打つ、教えられるところの多いものがある。木村義雄八段の注意のごとき、われわれマルクス学徒にとっても、いちいち味わうべき教訓に満ちている。マルクス、レーニンの学説を勝手に公式化して、それを機械的に現実問題の解決に適用せんとする者の多い反面において、またマルクス、レーニンの学説の公式的適用が実際問題の解決、現実の闘争の指導においてまったく無力であるということから、直ちに理論を軽視し、無視して偏狭素朴なるいわゆる実践主義に陥る者の多いことは、私らのしばしば見るところである。マルクス、レーニンの学説は、いわゆる悉く書を信ずれば書なきに如かずというような不確かな議論とは本質的に異なるが、といってマルクス、レーニンの学説の公式的適用ほどマルクス、レーニンの学説に反したやり方はない。
 レーニンも言っているように、理論は灰色であるが、実践は緑色である。もしわれわれにして、理論を理論として、すなわち単なる知識として覚えるにすぎないならば、それはかえってわれわれの行動を束縛する邪魔物とさえなるであろう。しかしながら、革命的理論なくして革命運動はあり得ない。革命的理論によって武装された頭部、マルクス、レーニンの理論によって変革された頭脳の正しい指導によって初めて、大衆運動の自然発生的な革命的高揚性は正しく組織化され、発展せしめられて偉大なる革命を成就することになるのである。
 われわれがマルクス、レーニンの学説を研究するのは、マルクス、レーニンの片言隻句を暗記したり、その理論を公式…

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