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天守物語
てんしゅものがたり
作品ID3065
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成7」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日
入力者門田裕志
校正者染川隆俊
公開 / 更新2006-11-13 / 2014-09-18
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時  不詳。ただし封建時代――晩秋。日没前より深更にいたる。
所  播州姫路。白鷺城の天守、第五重。
登場人物
天守夫人、富姫。(打見は二十七八)岩代国猪苗代、亀の城、亀姫。(二十ばかり)姫川図書之助。(わかき鷹匠)小田原修理。山隅九平。(ともに姫路城主武田播磨守家臣)十文字ヶ原、朱の盤坊。茅野ヶ原の舌長姥。(ともに亀姫の眷属)近江之丞桃六。(工人)桔梗。萩。葛。女郎花。撫子。(いずれも富姫の侍女)薄。(おなじく奥女中)女の童、禿、五人。武士、討手、大勢。
[#改ページ]

舞台。天守の五重。左右に柱、向って三方を廻廊下のごとく余して、一面に高く高麗べりの畳を敷く。紅の鼓の緒、処々に蝶結びして一条、これを欄干のごとく取りまわして柱に渡す。おなじ鼓の緒のひかえづなにて、向って右、廻廊の奥に階子を設く。階子は天井に高く通ず。左の方廻廊の奥に、また階子の上下の口あり。奥の正面、及び右なる廻廊の半ばより厚き壁にて、広き矢狭間、狭間を設く。外面は山岳の遠見、秋の雲。壁に出入りの扉あり。鼓の緒の欄干外、左の一方、棟甍、並びに樹立の梢を見す。正面おなじく森々たる樹木の梢。
女童三人――合唱――
ここはどこの細道じゃ、細道じゃ、
天神様の細道じゃ、細道じゃ。
――うたいつつ幕開く――
侍女五人。桔梗、女郎花、萩、葛、撫子。各名にそぐえる姿、鼓の緒の欄干に、あるいは立ち、あるいは坐て、手に手に五色の絹糸を巻きたる糸枠に、金色銀色の細き棹を通し、糸を松杉の高き梢を潜らして、釣の姿す。
女童三人は、緋のきつけ、唄いつづく。――冴えて且つ寂しき声。
少し通して下さんせ、下さんせ。
ごようのないもな通しません、通しません。
天神様へ願掛けに、願掛けに。
通らんせ、通らんせ。
唄いつつその遊戯をす。
薄、天守の壁の裡より出づ。壁の一劃はあたかも扉のごとく、自由に開く、この婦やや年かさ。鼈甲の突通し、御殿奥女中のこしらえ。
薄 鬼灯さん、蜻蛉さん。
女童一 ああい。
薄 静になさいよ、お掃除が済んだばかりだから。
女童二 あの、釣を見ましょうね。
女童三 そうね。
いたいけに頷きあいつつ、侍女等の中に、はらはらと袖を交う。
薄 (四辺を[#挿絵]す)これは、まあ、まことに、いい見晴しでございますね。
葛 あの、猪苗代のお姫様がお遊びにおいででございますから。
桔梗 お鬱陶しかろうと思いまして。それには、申分のございませんお日和でございますし、遠山はもう、もみじいたしましたから。
女郎花 矢狭間も、物見も、お目触りな、泥や、鉄の、重くるしい、外囲は、ちょっと取払っておきました。
薄 成程、成程、よくおなまけ遊ばす方たちにしては、感心にお気のつきましたことでございます。
桔梗 あれ、人ぎきの悪いことを。――いつ私たちがなまけましたえ。
薄 まあ、そうお言いの口の下で、何をしておいでだろう。二…

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