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女性の生活態度
じょせいのせいかつたいど
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「婦人画報」1939(昭和14)年9月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-12 / 2014-09-17
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

自分ひとりの生活をなんとかして一度やって見たいと思っている一方、それを反省し家庭にいるべきだと迷っている人が多いのですが――。
 その気持はよく判りますね。恐らく十人が十人そう云った気持を経験しているのではないでしょうか。時代の移り変りが烈しいから、日本の家庭の中では、お母さんと娘さんでは言葉遣いまで違うのですし、それに連れ色々感情の細い動きが随分違うところがあるでしょう。それに家庭の昔ながらの習慣では女の子と云えば、矢張り子供のうちから、
「男の子とは違うんだよ」
と云う様な叱られ方から始って、「年頃」と云うものの型にはまった考え方と窮屈さがあるし、そのことが、また、先々結婚ということを見とおしている。その結婚もその家としての流れがつながっている感じだから、生活に対して、生々としたものを求め豊富な若い時代を過したいと思う人はなんとなく家庭から離れた自分一人というものを広い世の中に触れさせ、生きて見たい心持がするのでしょう。
 それはどんな年齢になっても人間の心にある一つの面白い面ですね。細君になっている人でも、そう云う気持はあるでしょう。職業を持っている若い女の人は、直接自分の周囲にひとりで生活している人を見てるし、また、映画だのいろんな文学的作品のなかで、職業婦人としての近代性の一つとして様々のそう云う生活の絵を見ている訳だから、自から心に描かれるものもある訳でしょう。そう描いたものを持ち、さて、一人になって暮して見ると矢張り新しい現実の困難が出て来ることもよく判ると思います。大体日本の社会が家庭というものを、実際は大分難破しかかっているにも拘らず、唯一の心の寄り所のようにして来た歴史が長くて、今日のところでは女の人にしろ男の人にしろ、矢張り古い形で家庭の夢の残りを持っている、そしてまた、それに執着して生きていると思います。ですから個人の生活と云うものの在り様が、ある意味では充分に一人一人の中に根を卸し切っていない。このことは良かれ悪しかれ欧羅巴の社会の中で育っている男女とは、気持の出来具合の上で、随分違いがあるでしょう。
 アパート生活と一人の女の人の生活とは結びつけられるものだが、そのアパートの一室一室に棲んでいる人が、どんな気持で住んでいるかと云えば不知不識のうち、今のアパート暮しは一時的なものという気持、結婚するまでとか、又、結婚している人は、子供が生れるまでとか、そう云う気持が一室一室の壁をとおして滲み出ているでしょう。その気分と、始めて一人になって暮して見る若い女の人たちの中にある家恋しさの気持(それはいろいろな複雑な形で出てくると思うが)が結びついて、矢張り何かアパートの一室の中で営まれる自分の生活の中に、永続的な見透しや、確信をもっていないでしょう。
 女の人がひとりになると自堕落になるとか、いろいろの誘惑が危険であるというのは、外部との…

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