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これから結婚する人の心持
これからけっこんするひとのこころもち
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「新女苑」1939(昭和14)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-12 / 2014-09-17
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 世の中が急に動いてゆく。その動きかたはただ世相の移り変りというような表現で云うよりもっと深いものであり、渦の底は大きいものであることが、私たちの日常に感じられていると思う。日本だけのことでなく、これは世界のことになっている。それもやっぱり私たちの日々の感情のなかにはっきりと映っていると思われる。
 日支事変がはじまって暫くすると、若い人々の生活にはいろいろ新しい問題がおこって来た。そのなかに、結婚のことがあった。これから結婚しようとしている人、もうじき結婚をするような運びになっていた人、或いはもう婚約がある人々、そういう人たちが、急な境遇の変化で、対手の男を前線へ送らなければならないような事情がどっさりおこった。
 既に結婚していれば、それがたとえ僅か半月ほど前のことであっても、夫婦としての二人の間はもう動かせないものとなっていて、良人を送り出して後の新妻の生活は、良人を心持の中心において何とか方法が立てられた。待つ、ということのなかに、日本の女の忍耐づよい特徴が活されもし、期待されもしているのである。
 これから結婚しようとしていた若い人たち、ある人と結婚してもいいというように互の心持が動いている過程にあった人々は、もっと複雑な陰翳を蒙った。いつ訣れなければならなくなるか分らないから、では一日も早く二人の生活を一緒にしよう。そういう風に行く場合も多かったろうと思う。その遽しさ、幸福を二人の手の間からとり落すまいと、互に扶け合って時を惜しむ営みの姿のなかには、涙ぐまれる眺めがある。けれどもそこには、甲斐甲斐しさもあるし、運命をさけてまわらないでそのなかから最上のものをとり、最上と思われる生きかたの道をつけて、生き越して行こうとする若い人々の努力が汲みとられる。
 最も一般的に感じられたのは、訣れを前に見て、その最悪の場合というものを考えて、結婚をのばし、躊躇する気分ではなかったろうか。千人針というようなものが目新しい街頭風景であった頃は、確かにその気分が親たちの分別から流れ出して、若い男の思慮へ入り、そして、若い女のひとたちの眼のなかにも読みとられる反映となっていたと思う。多くの若い婦人を読者とする雑誌の小説などは、敏感にそれに触れた。愛をもってその人の幸福をねがっている男が、自分に起った出征ということから予想される様々の場合を深く考えて、対手の女には遂に心を語らずに出発して行くこととか、婚約を一先ず解いて、女の運命を混乱から守っておいてやる、というような行動が、勇敢な男のヒロイックな感情として描かれていたのを覚えている。その場合、女のひとの感情は、何となし型にはまって、昔ながらの受け身な風で、涙を抑えながら出発を見送って旗を振る、というようなおさめかたであったように思う。
 男の側から気持をそういう方向にもってゆく場合が目立ってとらえられていたというのも…

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