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三つの「女大学」
みっつの「おんなだいがく」
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「婦人公論」1940(昭和15)年3月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-15 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 何年ぶりかで珍しく上野の図書館へ行った。むかし袴をはいて通った時分からみると婦人閲覧室もずっと広く居心地よいところになったし、いろいろ変っているけれども、本を借り出すところが一段高くなってそこに係の人がいる役所めいた様子は、やっぱりもとのままのこっている。
 係のひとの顔のなかには、遠い記憶のなかで見覚えている面ざしもあって、頼んだ本の来る間を、何とはなし立ちかえっての物珍しさというような心持であたりを眺めていた。若い婦人の本借り出しもなかなか多い。同じようにして待つ間を、そこの右手にある新刊書棚など眺めている。ふと見るとその棚に、「新女大学」という一冊の本がある。著者は菊池寛。経済年鑑のようなものを借りに来ている和服の若い女のひとも、洋装で、ドイツ語の医学書を借りているひとも、そのほか何人かの若い女のひとたちが、ひとしくその棚に目をさらすのだが、どの女のひとも、少女という年頃の娘さんでさえ、この「新女大学」と金文字で書かれた一冊の本の表題を眺める視線に、それを「しん、じょ」と読み下そうとして、おやととまどうような表情はなくて、いくつもの若々しい女の目がちらりと、「しんおんなだいがく」と読み下して、格別、自分たちがそういう徳川時代の本の名にそんなに馴らされていることに、新しいおどろきの心を動かされている様子もない。
 私は自分たち女の生活の中にある伝統の力の強さを感じ直させられるような感じがした。そのようにして、大お祖母さんの時代からすらりと「おんなだいがく」と読みならわしてきている本の内容を、おそらく今日こまかに知っているひともないであろう。だが「女大学」の名は決して死んでいまい。何か生きて日本の女の生活のなかに今日も一縷のつながりをもってつたわっている。そのことは感じられるのではないだろうか。
 貝原益軒が、「女大学」と呼ばれて徳川時代ずっと女の道徳の標準となった本をかいたのは宝永七年というから、十八世紀の初頭の頃のことである。八十五歳という長寿を保ったこの漢学者の生涯の時期は、日本では、有名な元禄時代の商人興隆時代、文化の華やかな開花の時代、文学の方面では芭蕉、西鶴、近松門左衛門などがさかんな活動をとげた時代と、流れを一つにしている。経済の中心が町人の階級にうつって、これまでは武家の掟で沈黙させられていた人間の種々さまざまの人情が、自然な流露を求めてあらゆる方面に動いた。西鶴の小説などは、よかれあしかれ、そういう時代の世相を描いてまざまざと今日につたえているのだけれども、その自由奔放な時代の感情の半面で、女というものは、どんな風に考えられていたのだろう。
「女大学」十九ヵ条は、先ず女を「女は陰性也、陰は夜にて暗し、故に女は男に比るに愚にて目前なる然るべきことをも知ら」ぬもの、という立て前において、さてそこから順々に女子の心得を書き連ねたものである。「…

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