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働く婦人
はたらくふじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「改造」1940(昭和15)年12月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-18 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この頃は、女のひと、という響につれて、すぐに人の心に何かの意味で、働いている女のひとという感じが浮ぶようになって来ていると思う。その点では、家庭の女というものの感じかたも自他ともに変化して来ていて、家庭の女の生活が、時代の風波から離れた片隅の幸福に保証されているものだと思っているひともなくなった。新聞のほんとうの社会欄は婦人欄へ移った、と云ったことがあるが、この表現には今日の社会生活の現実の姿がなかなかうまく云いあてられている。これまでは家庭の主婦たちのためにあった家庭欄の記事を、今日という時代は男にも深い関心をもって読ませる。炭の合理的な使いようは日々のこととして男にとっても必須になって来ているし、この頃は男は月給袋だけ家へもってかえればいいのでなくて、卵とか干うどんとかバタとか、そんな男の買いものもふえてきているのである。
 家のことは女まかせ、という旧い生活感情は一般から急速に崩れて来ているのだが、それならばそのような今日の状態が、男も女とともに家庭経営についてやってゆくように成長したという、社会感情の明るい進歩の証明であるかというとそれは決して簡単に云い切れないと思う。男の日常的な関心がそこまで高まったというよりは、生活資料の問題からそこまで低くひろがらざるを得なくなって来た、という風なのではなかろうか。男の社会生活の面のひろいということが、いわば卵についても干うどんについても家庭にだけこもっていた主婦たちよりより積極な解決の方法を見出しやすくしていて、餌を運ぶ男としての役割が逆行的にふえて来ている。そんな工合に、男のひと自身には今日が感じられている面もあるのではないだろうか。所謂非常時の暮しとしてそれが受けいれられているが、家庭とか妻とかいうものについての根本の考えかたには変化ないように思われる。根本に変化はないままに、家庭の女といえどもより働くのが当然という感じかたが加わって来ていると思う。
 働く女という甲斐甲斐しい表現を、今日の日本の現実にふれて女の働きと置き直して観察すると、実に複雑な問題がうずたかくある。婦人雑誌の表紙や口絵が、働く女を様々に描いてのせる風潮だが、その内容は軍事美談や隣組物語のほかは大体やっぱり毛糸編物、つくろいもの、家庭療治の紹介などで、たとえば十一月の婦女界が、表紙に工場の遠景と婦人労働者の肖像をつけていて内容はというと編物特輯をやっている。それは、雑誌を眺めるものに何となし両方がしっくりしないままつぎ合わされている感銘をつよく与える。何だかそこに不調和なものがあることを印象づけられる。今日の女の働き、社会生活は、この印象に似た一種の矛盾、極めていりくんで解きにくい時代的な絡み合いにおかれている実際であると思う。
 今日、社会的活動の可能なあらゆる年齢の女は、社会的な働きと家庭との間で、激しくひっぱられ又揉まれている…

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