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主婦意識の転換
しゅふいしきのてんかん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「女性生活」1941(昭和16)年10月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-25 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 義弟が、生れたばかりの赤坊と若い妻と母とをおいて再び出征するので、二十日ばかり瀬戸内海に沿った村へかえっていた。そこは、海辺近くだから春はめばる、夏は鱸と魚にこと欠いた経験はなくて何十年来暮していたところ、今度行ってみると、母は魚買いに苦心している。自転車のうしろに魚籠をつけて門口から声をかけて通る魚売りは三日に一度も来なくて、往来にその自転車をちらりと見かけ走って出て声をかけると、魚売りはふりむきもせず、なアもありゃせんとスイスイ行ってしまう。魚が無いのは実際なので、その附近一帯が俄かに躍進都市になって来たため人口が十層倍にもなり、魚は私たちの家のある村の端れへなんか来ないうちに、いい値で忽ち売切れてしまうのである。網やガソリンが不足で品が足りないでいるということもある。
 海辺だから、魚の心配だけはないなどと云っていたのは昔話だと、母ともどもすこしあっけにとられて東京へ帰って来た。
 東京駅でスーツ・ケースをうけとってくれたひとが、先ず訊いたのは、あっちでは野菜はどうだった? ということであった。日本葱一本を等分にわけて、お宅には特別にこっちをあげましょうと白い根の方を貰って来たという話もその朝省線の中できいた。
 野菜不足は深刻な昨今の不便だが、そこにはいろいろの原因がたたまっているだろうと思う。関東の大水害で野菜が水の下になって腐ってしまった。これも原因の一つである。公定価格がきまった途端に品物は消滅してしまった。これも原因の一つを示している。
 あれこれの理由で野菜が消え去ったとなって、市民のそれに対する対策はどんな方法で行われているかというと、やはり実に個人的にやられている。或る隣組の常会で、その話が出て、お宅ではどうなすっていらっしゃいますかという問いが出た。一軒の家は、一日おきに田舎へとりに行っておりますからと答えた。もう一軒の主婦は、買いつけの八百屋にビールをのませたりするというような返答で、それきり話は進まなかったという事実がある。
 野菜なんかは、毎日目の前になくてはならないものだから、主婦たちの焦った気分は、一番手っとりばやり一番ききめがある方法を思いついて、早速ビール接待というような表現をとるのだろう。野菜はくさりやすくて足袋のような買いだめは出来ない。買いだめ出来ないということから益々お互いに気はずかしいような手段がとられて行ったのであると思える。
 商人の公正な商売道徳が新しく立てられなければならないことが云われて、それはそのとおりなのだけれど、それだけ一方的に、モラルの面から強調されても商人の身になれば云いたいことがあるのだろう。商人も今日の社会の新しい状態に入り切れずにいるし、買い手の方もそういうところがあって、例えば野菜ものにしろ共同購入を試みた隣組、或は隣組のそういう活動を鼓舞して組織した町会という実例を余り知らない。…

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