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今日の文化の諸問題
こんにちのぶんかのしょもんだい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「文化集団」1934(昭和9)年10月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-27 / 2014-09-17
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 たとえばこの雑誌も「文化集団」という名をもっているように、われわれの見ききする範囲には非常に多く文化という言葉が使われ、卑近な一例をとれば、アンカにまで文化という名をつけてあやしまないようになっている。ところでその文化というものはどういう内容をもったものであるかと考える時、そこに二様の解釈があると思われる。広く人間の社会が創造した一切のものをこめて文化という場合もありそれよりせまく内容を定義して、風俗、習慣から教育、法律、道徳、哲学、科学、芸術、宗教、言語、などを文化という場合があり、私どもが普通文化という場合多く後者の内容でいっていると思う。
 昔から学者は右のような文化をいわゆる精神文化と称して、物質文化から切りはなして問題にするが、今日われわれの到達している世界観をもってすれば、いわゆる精神文化を物質文化から切りはなして問題にすることがあやまりであるばかりか、物質文化こそこの精神文化の基礎となるものであることがあきらかにされている。
 人間の生活が、きわめて原始的であって、わずかに棍棒を武器として野獣を狩って生活していた頃の生産状態では、文化も非常に原始的で数の観念さえもはっきりせず、絵といえば穴居の洞窟の壁にほりつけた野獣の絵があるにとどまった有様であった。それがおいおい発達して生産手段が複雑になり、社会生活が多様にかつ高まって来るにつれ、ついに今日見るような多種多様な専門に分化した文化をもつにいたっている訳である。
 文化の問題についていう時、ある種の学者は、文化の地理的性質ということを非常に強調する。つまりそれぞれの国は気候も違い、地理的条件が違い、即ち海に近いところ、砂漠ばかりのところ、山地などではそれぞれ天然の産物も違うから特殊な文化がそれらの地理的な特色によって、変化を受けるという意味である。なるほど、同じ日本でも山にかこまれた奥羽の農村の持っている文化と、四国の海岸の漁村の持っている文化とをくらべれば、そこにはあきらかに異った特色が認められることは事実である。けれども地方の地理的な特色がその地方の文化の発展の第一義的要素であるということはいえないと思う。なぜならいくら海辺の村でもそこに住む人間が、海へ出て漁をして生存しなければならないという必要がなければ、漁村の文化の一大特徴である船を造る技術が発達することはなかったし、絵かきや音楽家がこのんで主題とする大漁祝いの時の歌、踊り、特別な衣裳などというものは、発達しなかったのはあきらかである。自然があるものを蔵していても、人間がその必要を認めて、それを掘り出したり、精製したりする生産のための活動を開始しなければ、それは全くないも同じだということは、今日国と国とが激烈な争奪戦を行っている石油と石炭についても分る。
 さらに文化の民族性ということを強調する一連の学者がある。これまでの歴史を見ると…

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