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もう少しの親切を
もうすこしのしんせつを
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「白揚」1936(昭和11)年9月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-07-30 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 近頃、またひとしきり恋愛論が盛になって来ている。どの雑誌にもそういうような論文や座談会の話が出ている。そして、この雑誌も、数頁をそれのために費そうとしているのであるが、私の心には、率直に云って一つの疑いが、此等囂々たる恋愛論に対して生じているのである。
 最近数年間の社会の事情は急速にうつりつつある。現代人の全生活は日夜それらの波に中心を揺られ、或はその縁を洗われ、いずれにせよ強く動かされている。しかも、大多数のものにとって、自分達の生活の中に反響して来ている波の方向とか歴史的な性質などというものは、はっきり把握されず、ただ推し移されつつある自覚が、極めて感覚的なものとなって各自の胸に、頭に感じられている。
 こういうなかで、恋愛は、人間生活、社会生活の強い綜合的な発動である性質上、めいめいの生活の中で敏感に時代を反映せざるを得ない。今日という時代の歴史性に結びつけられているそれぞれの人の、固有な傾向や発展の特長また転落の道行きを物語るのである。
 人それぞれに、自分の恋愛生活、結婚生活に対する何かの不安、疑問、確信の欠如があるから、何かその間に均衡を見つけ出せるような理窟、考え方、或は単なる処しかたでもないかという欲求が、恋愛論の炉へ旺に薪をさし加えるのであろう。一方には、知性の抑圧せられ勝な息づまる世態への反撥、人間性の主張の一つの形として、肉体的にも精神的にも強く逞しい恋愛の翹望が存在している。これは、磨ぎ澄まされ偏見を脱して輝く精神力や、それを盛るところの疲れを知らず倦怠を知らない原始生命的な男女の肉体を予想し、一部の人の間にローレンスの作品等がもてはやされるロマンティックな空想の素因をなしている。
 私の疑問というのは、恋愛論の要求は何かの意味で社会的なものなのであるが、それをとりあげ、座談会に出席し、或は執筆している人々の態度が、これ迄幾度か恋愛の問題について論じられた時より一層個人的に主観的に立てられているのは、どういうものだろう、というところにある。
 例えば、或る中年を越した左翼的生活経験をもつ一人の男が、過去の家庭生活を更えて、妻子と離れ仕事に於ても共通点のある若い女と同棲生活に入ろうと欲する。その欲望は、男にのこされている生涯がそう永いものではないという見透しや、男一生の思い出にという熱情の爆発やによって甚しく強烈であり、過去の全生活に対して今や負担と退嬰的な要素しか見出せない状態に陥ったとする。人生の或る深刻な危機、モメントとして、それだけのことは諒解されるとして、そのひとが、その主観に立って、進歩的世界観に立脚する新たな恋愛論として、移行論或は清算論めいたものを主張することは、はたして当を得ているであろうか。健康な、十分の社会性をもった発展的恋愛論を求めるならば、そういう困難な現実の個々の場合をも包含しつつ、そのような事情を惹き起…

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