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家庭創造の情熱
かていそうぞうのじょうねつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十四巻」 新日本出版社
1979(昭和54)年7月20日
初出「女性生活」1941(昭和16)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-08-08 / 2014-09-17
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 すこし物ごとを真面目に考える今日の世代の若い人たちが、自分たちの結婚生活に入ろうとするとき、生涯向上する情熱を喪わない夫婦として生きたいと願わない人はおそらくないだろうと思う。
 この願いは、或る意味では良人になろうとする青年よりも却って妻になろうとする若い女性たちの心に、一層痛切に感じられていることだとも云えるだろう。若い女性たちは、まだそれが自分の現実とはなっていない母たちや姉たちの明暮を、おのずからうける様々の感想をもって眺め、どっさりの「自分はああ暮したくない」という問題をうけとっているのが普通と思える。「私はああ暮したくない」何とそれははっきりとして強い訴えと抗議であろう。より若い世代の誇りとしてその感情は自分にも肯定されているのだけれど、実際として、さて、ではどういう生活をしたいか、という具体的な問題に入って来ると、そこにはまた愕くばかりに沢山の未解決なものがある。自分ひとりだけではどうにもしようのないことが後から後からある。何故なら、結婚生活ではいつでも良人は妻を、妻は良人をとび越してものを考えることも実行することも出来ないから。いつも何かの形での協力の生活でなくてはならないのだから。云ってみれば、お互いがお互いから切りはなして考えたことは、それが健全なよりよい方向であってさえも、結婚生活の現実の中に実を結んでゆく善き花となって咲き出さない場合さえ多いのである。
 しかも、一人の若い男、一人の若い女という単純そうな姿の中に、実に複雑なその人々の成長して来た国の社会の色や響、その社会の中のどういうところにその家庭は属していたかというところから身につけられている種々の精神と肉体との特徴、更にその青年や女性が自分たちの時代として経て来た歴史の性格などがそれとこれとをきりはなして篩にはかけられないような溶け合いかたで刻々に躍動している。
 良人となる青年がそれだけ念の入った複合体であると同様に妻となる女性も、彼女の或は無心な情緒の奥にそれだけの因子をちゃんとしまっているわけである。
 人間の性格や気質にいろいろの癖があったり自己撞着があったりするのも畢竟は、私たちすべてのものが、ぽつんと天地の間に湧き出たものではなくて、波瀾を極める人間社会の肉体の歴史、精神の歴史の綾の裡から、またその綾に綾を加えるものとして生れ出ているからなのだろうと思う。
 私たちの心の中には、従っていろんな傾向が眠っているわけだけれども、あらゆる時代を通じて若い人たちは、きっと、その親たちよりはよりましでより合理的な生活を送りたいと希望して来たのだという動かしがたい事実を、私たちは改めて見直していいのだろう。人間がまだ穴居生活をしていたころから、その希望は本能的な生活の欲望として、人間の内に働いていたにちがいない。ごく原始的な表現で、例えばより工合よく体にかける毛皮を縫い合わせ…

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