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小川芋銭
おがわうせん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「ふるさと文学館 第九巻【茨城】」 ぎょうせい
1995(平成7)3月15日
入力者林幸雄
校正者小林繁雄
公開 / 更新2002-10-23 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 物其のものはそれ自らに於てことごとく生命の一の象徴でなければならぬ。
 また実にその象徴である。
 いつかお目にかゝりたいと思つてからすでに久しいのである、芋銭氏はそんな事は夢にもごぞんじないであらう、それが事実となつた。
 牛久駅に下車した時はもう何処の家にも灯は入つてゐた。自分は恋人に逢ひにでも行くやうな気分で沐浴し、喫餐し、折柄の糠雨を宿で借りた傘で避けながら闇の夜道をいそいだ。をしへられた火の見の下まできた。そこから折れて街道に別れるのであつた。薄暗いところに鐘楼があつて、鳴らす人もないやうな鐘がふらりとぶらさがつてゐる。そろそろ芋銭情調がはじまる。遠くにあたつてこんもりした森はあるが梟の声も聴かれない。こゝは畑の原野である。桑の木の間には胡麻やかぼちやの花がしづかに咲いてゐる。街道ではよく道をたづねたが此所では逢ふ人もないので、多少さみしさと不安とが下駄の足音なんどに交つて迫る。それでも分岐点には道標が立つてゐたので、迷ひもせずにやつとさつき遠くでみた森の所まできた。人声は夜遊びに行くらしい村の若者のそれであつた。道をきいたら深切にをしへてくれた。そこから芋銭氏の村までは近かつた。村に入つての第一印象は竹藪とやぶれた竹垣であつた。そのとつつきの農家に立ちよつてたづねたらそこでも親しくをしへてくれた。自分のすがたが見えなくなつてからも、そこでは壁の内で深切に怒鳴つてゐた。庭にはシンボリツクな桐の木が一本、その傍には風呂桶。此の村、自分にはまるでラビリンスの趣があつた。どこかで死んでゐる蛇の匂ひ、蚕の糞尿の匂ひ、草の匂ひ、獣の匂ひ――時時、白い化物がひよつこり出てくるので、いくどか、傘を楯にしたり、槍にしたりした。こんなことなら明日にすればよかつたと後悔しはじめた頃は、もう芋銭氏の大きな声でもすればきかれる程の距離まですゝんでゐたのである。軒先に蚊遣火など焚いて、寝ころんで笑ひながら馬鹿話をでもあらう、してゐる家もあつたが、大勢、男や女がゐるその前へ立つのにはあまりに自分は気が小さ過ぎた。樫の木などが亭々と矗立してゐるかとみれば、芒などが足もとで揺れてゐる。虫が肩にまで飛び附いてきて鳴いてゐる。店頭の土間に南瓜や西瓜をたくさん並べて、その上には柄杓だの箒だのをぶらさげておく店のお爺さんがふらりと出てきた。そして持つてゐた団扇の柄でをしへてくれた。すこし歩くまにお化がのつそりでた。びつくりして立止まるとそのお化が「こんばんは」と言つた。綺麗な女ではなかつた。なるほど芋銭氏の村は、その作品そつくりだと思つた。気味が悪くなつたので駆けだした。からつと開けつぱなした家では、こゝにも大勢集まつて高話の最中であつた。
 ちよつと伺ひます。
 ………。
 小川さんのお宅はこの辺でせうか。
 む。お前はだれだい。
 あの画をかく小川さんです……。
 ああ、それか。今…

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