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浮浪
ふろう
作品ID3212
著者葛西 善蔵
文字遣い新字旧仮名
底本 「ふるさと文学館 第九巻【茨城】」 ぎょうせい
1995(平成7)3月15日
初出「国本」1921(大正10)年5月号
入力者林幸雄
校正者小林繁雄
公開 / 更新2002-12-17 / 2014-09-17
長さの目安約 37 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「また今度も都合で少し遅くなるかも知れないよ。どこかへ行つて書いて来るつもりだから……」と、朝由井ヶ浜の小学校へ出て行く伜のFに声をかけたが、「いゝよ」とFは例の簡単な調子で答へた。
 遠い郷里から私につれられて来て建長寺内のS院の陰気な室で二人で暮すことになつてから三月程の間に、斯うした目には度々会はされてゐるので、Fも此頃ではだいぶ慣れて来た様子であつた。私が出先きで苦労にしてゐるほどには気にしてゐない風である。近くの仕出し屋から運んで来るご飯を喰べ、弁当を持つて出かけて、帰つて来ると晩には仕出し屋の二十二になる娘が泊りに来て何かと世話をしてゐて呉れてるのであつた。
 二月一日の午後であつた。鎌倉から汽車に乗り、新橋で下りて、銀座裏のある雑誌社で前の晩徹夜をして書きなぐつた八枚と云ふ粗末な原稿を金に代へ、電車で飯田橋の運送店に勤めてゐる弟を訪ねると丁度退ける時分だつたので、外へ出て早稲田までぶら/\話しながら歩るくことにした。神楽坂で原稿紙やインキを買つた。
「近所の借金がうるさくて仕様が無いので、どこかに行つて書いて来るつもりだ。……大洗の方へでも行かうと思ふ」と、私は弟に云つた。
「うまく書けるといゝですがねえ……」と、斯うした私の計画の度々の失敗を知つてゐる弟は、不安な顔して云つた。
 その晩は弟夫婦の借間の四畳半で弟と遅くまで飲み、その翌日も夕方まで飲んで、六時過ぎ頃の汽車で上野を発つた。水戸へ着いたのは十一時頃であつた。すぐ駅前の宿屋へ飛び込んだ。
 駅前から大洗まで乗合自働車も通つてゐるが、私はやはり那珂川を汽船で下らうと思つた。大洗のK楼と云ふ家に十三年前――丁度Fが郷里で生れた年、半年余り滞在してゐたことがある。やはり無茶な日を送つてゐたものであつた。その家を指して行つて見ようと思つた。川の両岸の竹藪や葦、祝町近くの高い崖、海運橋とか云つた高い長い橋、茶屋と貸座敷ばかし軒を並べた古めかしい感じの祝町を通つて、それから数町の間の松林の中の砂路――それらが懐かしく思はれないでもないのである。が朝一泊の宿料を払つて見ると、私の財布の中が余りに心細く思はれ出した。それに曇つた、今にも雪でも降り出しさうな、寒い厭な天気だつたので、私はまた一時間ばかし汽車に乗つて助川駅に下りた。そして町の方に小さな呉服屋を出してゐる内田を訪ねて行つた。
 場末の、小さな茅葺屋根の家で、店さきの瀬戸物の火鉢を前にして、内田は冴えない顔色してぼんやり往来を眺めてゐた。小さな飾窓には二三反の銘仙物や半襟など飾られ、店には安物の木綿縞やネルなど見すぼらしく積まれてゐた。七八年前彼が兄の家から分家して開店した時分私が一寸訪ねたことがあつたが、その時分と較べてさつぱり品物が殖えたやうにも見えなかつた。
「どうして来たの?」と、彼は私の顔を疑ぐり深い眼して視ながら云つた。

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