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貧書生
ひんしょせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆85 貧」 作品社
1989(平成元)年11月25日
入力者渡邉つよし
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-09-20 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「やい亀井、何しおる? 何ぢや、懸賞小説ぢや――ふッふッ、」と宛も馬鹿にしたやうに冷笑つたはズングリと肥つた二十四五の鬚[#挿絵]々の書生で、垢染みて膩光りのする綿の喰出した褞袍に纏まつてゴロリと肱枕をしつゝ、板のやうな掛蒲団を袷の上に被つて禿筆を噛みつゝ原稿紙に対ふ日に焼けて銅色をしたる頬の痩れて顴骨の高く現れた神経質らしい仝じ年輩の男を冷やかに見て、「汝も懸賞小説なんぞと吝な所為をするない。三文小説家になつて奈何する気ぢや。」
「先ア黙つてろよ。」と亀井と呼ばれた男は顧盻つて較や得意らしき微笑を浮べつ、「之でも懸賞小説の方ぢやア亀之屋万年と云つて鑑定証の付いた新進作家だ。今度当選つたら君が一夜の愉快費位は寄附する。」
「はッはッ、減らず口を叩きくさる。汝の懸賞小説も久しいもんぢや。一度当選つたといふ事ぢやが、俺と交際つてからは猶だ当選らんぞ。第一小説が上手になつたら奈何するのぢや。文士ぢやの詩人ぢやの大家ぢやの云ふが女の生れ損ひぢや、幇間の成り損ひぢや、芸人の出来損ひぢや。苟くも気骨のある丈夫の風上に置くもんぢやないぞ。汝も尚だ隠居して腐つて了ふ齢ぢやなし。王侯将相何ぞ種あらんや。平民から一躍して大臣の印綬を握む事の出来る今日ぢやぞ。なア亀井、筆なんぞは折つぺしッて焼いて了へ。恋ぢやの人情ぢやのと腐つた女郎の言草は止めて了つて、平凡小説を捻くる間に少と政治運動をやつて見い。」
「はッはッ、僕は大に君と説が異う。君は小説を能く知らんから一と口に戯作と言消して了うが、小説は科学と共に併行して人生の運命を……」
「措いて呉れ、措いて呉れ、小説の講釈は聞飽きた、」と肱枕の書生は大欠伸をしつゝ上目で眤と瞻めつ、「第一、汝、美が如何ぢやの人生が如何ぢやのと堕落坊主の説教染みた事を言ひくさるが一向銭にならんぢやないか?」
「今度は当選る、」と懸賞小説家は得意な微笑を口辺に湛へつ断乎たる語気で、「三月以来思想を錬上げたのだから確に当選る。之が当選らぬといふ理由は無い……」
「汝は自慢ばかりしおるが一度も当選つた事は無いぞ。併し当選つた処で奈何する、一年に二度や三度、十円や十五円の懸賞小説が取れたッて飯は食へんぞ。」
「勿論僕は筆で飯を喰ふ考は無い。」
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、夫ぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足で号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊の足にならぬヮ。」
「僕は豪遊なんぞしたくない。斯うして新聞配達をしながら傍ら文学を研究してゐるが、志す所は一生に一度不朽の大作を残したいのだ。飯喰の種は新聞配達でも人力車夫でも立ちん坊でも何でも厭はないのだ。」
「吝な野郎ぢやナ。一生に一度の大作を残して書籍館に御厄介を掛けて奈何する気ぢや。五体満足な男一匹が女や腰抜の所為をして筆屋の御奉公をして腐れ死をして了つては国家に対する義務が済むまい。なッ亀井。俺の忠告に…

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