えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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青眼白頭
せいがんはくとう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆85 貧」 作品社
1989(平成元)年11月25日
入力者渡邉つよし
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-09-20 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

○後生を口にすること、一派の癖のやうになりぬ。陸に汽車あり、海に汽船あり、今や文明の世の便利を主とすればなるべし。何故といはんも事あたらしや、お互に後世に於て、鼻突合はす憂なければなり。憂は寧ろ、虞に作るをよしとす。
○仰有る通り皆後世に遺りて、後世は一々これが批判に任ぜざる可からずとせば、なりたくなきは後世なるかな。後世は応に塵芥掃除の請負所の如くなるべし。
○おもふがまゝに後世を軽侮せよ、後世は物言ふことなし、物言ふとも諸君の耳に入ることなし。
○天下後世をいかにせばやなど、何彼につけて呼ぶ人あるを見たる時、こは自己をいかにせばやの意なるべしと、われは思へり。
○人無茶苦茶に後世を呼ぶは、猶救け舟を呼ぶが如し。身の半は既葬られんとするに当りて、せつぱつまりて出づる声なり。
○識者といふものあり、都合のいゝ時呼出されず、わるい時呼出さる。割に合はぬこと、後世に似たり。示教を仰ぐの、乞ふのといふ奴に限りて、いで其識者といふものゝ真に出現すとも、一向言ふ事をきかぬは受合也。
○僅に三十一文字を以てすら、目に見えぬ鬼神を感ぜしむる国柄なり。況んや識者をや。目に見えぬものに驚くが如き、野暮なる今日の御代にはあらず。
○今人は今人のみ、古人の則に従ふを要せずと。尤もの事なり。後人亦斯く言はんか、それも尤もの事なり。
   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
○さま/″\なる世に在りて、いづれを上手と定めんは、いと難し。孰れを下手と定めんは、いと/\難し。上手を定めんよりも、下手を定めんは一層難き事なり。
○長く所謂素人たれ、黒人たる莫れ。技やよしあしの何は問はず、黒人は存外まづいものなり、下手なものなり、いやでも黒人となりて、其処に衣食するに及べば、已に早く一生の相場は定まれるものなり。之を素人より見るに、黒人ばかり物知らぬはなし、弁へぬはなし。
○染めて返らぬ黒人が身は、進退共に一度づゝ、足を洗はざる可からず。素人は自在也。
○志は行ふものとや、愚しき君よ、そは飢に奔るに過ぎず。志は唯卓を敲いて、なるべく高声に語るに止むべし。生半なる志を存せんは、存せざるに如かず、志は飯を食はす事なければなり。志は欠くも、飯は欠くを得ざればなり。
○さりとも志を棄てんは惜しき時、一策あり、精々多く志を仕入れて、処嫌はず之を振廻さん事なり。成功を見ずと雖も、附け届けを見ん。脊負切れざる程なるをもて、志の妙となす。此れにも入るべし、彼れにも加はるべし、推移するに憚らざるが故に、さてなん人々今を聖代と称す。
○丈夫四方志と唐人の言ひけん、こは恐らくは八方の誤りなるべし。
○志を抱いて死す、さもしからずや。一般字典の訓ふる所によれば、大丈夫は男の義なり、女を抱いて死せんのみ。何で死んでも広告代は同額也。
   ―――――――――――――――――――…

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