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爆薬の花籠
ばくやくのはなかご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第7巻 地球要塞」 株式会社三一書房
1990(平成2)年4月30日
初出「少女倶楽部」1940(昭和15)年6月~1941(昭和16)年6月号
入力者tatsuki
校正者kazuishi
公開 / 更新2006-07-23 / 2014-09-18
長さの目安約 209 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   祖国近し

 房枝は、三等船室の丸窓に、顔をおしあてて、左へ左へと走りさる大波のうねりを、ぼんやりと、ながめていた。
 波の背に、さっきまでは、入日の残光がきらきらとうつくしくかがやいていたが、今はもう空も雲も海も、鼠色の一色にぬりつぶされてしまった。
「ああ」
 房枝は、ため息をした。つめたい丸窓のガラスが、房枝の息でぼーっと白くくもった。
 なぜか、房枝は、しずかな夕暮の空を、ひとりぼっちで眺めるのがたまらなく好きだ。そしていつも心ぼそく吐息をついてしまうのである。
 彼女は、両親の顔も知らない曲馬団の一少女だった。
 彼女が、今抱えられているミマツ曲馬団は主に、外国をうってまわるのが、本筋だった。一年も二年も、ときによると三年も、外国の町々を、うってまわる。そうかと思うと、急に内地へまいもどって「新帰朝」を看板に、同胞のお客さまの前に立つこともあった。こんどは少しわけがあってわずか半年ぶりの、あわただしい帰朝だった。そうでなければ、ミマツ曲馬団は、まだまだメキシコの町々を、鉦と笛とで、にぎやかにうちまわっていたことだろう。
 房枝が、曲馬団の一行とともに、のりこんでいたこの雷洋丸は、もうあと一日とすこしで、なつかしい祖国の港、横浜に入る予定だった。
 だが、いま房枝はそんなことはどうでもよかったのだ。丸窓の外に、暮れていくものしずかな、そして大きな夕景の中に、じっと、いつまでもいつまでも、とけこんでいれば、よかったのであった。房枝にとって、それは、母のふところにだかれているような気がしてならなかった。
「あたしのお父さま、お母さま。日本へかえったら、こんどこそ、めぐりあえるでしょうね」
 房枝は、唇をかすかにうごかし、小さなこえで、そういってみた。
(だめ、だめ。君の両親は、もうこの世の中に、生きてはいないのだ)
 そういって、顔見知りの警官が、気の毒そうに、頭を左右にふるのが、まぼろしの中に見えた。
「まあ、やっぱり、房枝のおねがいごとは、だめなんでしょうか」
(そうとも、そうとも。もう、あきらめたまえ)
「ああ」
 彼女のまぶたに、あついものが、どっとわいてきた。そして、頬のうえを、つつーッと走りおちた。目を、ぱしぱしとまたたくと、丸窓の外に、黒い太平洋は、あいかわらず、どっどっと左へ流れていた。房枝のわびしい魂はどうすることも出来ないなやみを包んで、いつまでも、波間にゆられつづける。
「うわーっ、腹がへった。食堂のボーイは、なにをしているんだろうな」
「三等船客だと思って、いつも、一番あとにまわすのだ。けしからん」
 房枝の気持は、とつぜん、彼女のうしろに爆発した仲間の荒くれ男のことばに、うちやぶられた。
 彼等は、かいこだなのように、まわりの壁に、上中下の三段につった寝台のうえで、ねそべっていた。ある者は、古い雑誌を、もう何べん目か、よみ…

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