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メーデーに歌う
メーデーにうたう
作品ID3258
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十五巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日
初出「働く婦人」二号、日本民主主義文化連盟、1946(昭和21)年6月発行
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-09-17 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 四月の末だのに、初夏のようにむし暑い。すっかり開けはなして夜の庭に向った座敷のラジオがメーデーの歌の指導をしている。
きけ、万国の労働者
とどろきわたるメーデーの
ハイ、と一節ずつ区切って熱心に合唱を教えている。その歌に合わせて、本をよんだり、書きものをしたりしている三人の男たちが、折々一緒にうたっている。足袋つくろいをしながら、若い従妹も小声でそれに合わせている。
 わたしは、いうにいえない思いで、胸いっぱいになりながら、そういう宵の情景の裡にいた。
 日本のラジオが、五月一日のメーデーを、こうして皆の祭り日として歌の指導まではじめた。これは、ほんとうに、ほんとうに日本の歴史はじまって以来のことである。
 今度の総選挙の結果は、やはり保守勢力がどんなにまだ強くのこっているかということが国際的に証明されたし、保守政党は失業と食糧問題のこれほどの切迫をよそに、政権争いをつづけ、私たちにあいそをつかさせている。けれども、日本の民主の夜明けが来ていることも事実である。その証拠には、初めてメーデーが公然と、働く人民の行進の日として認められるようになった。メーデーの行進が遮るものもなく日本の街々に溢れ、働くものの歌の声と跫足とが街々にとどろくということは、とりも直さず、これら行進する幾十万の勤労男女がそれをしんから希望し、理解し実行するなら、保守の力はしりぞけられ、日本もやがては働く人民の幸福ある国となる、その端緒は開かれたということではないだろうか。今度の第十七回メーデーはそれが只十一年ぶりの行事だという以上に、わたし達の心を高鳴らせるつよい理由があるのである。
 のびのびとラジオから流れるメーデーの歌のメロディーをきいていると、わたしの目の前には、十余年前のメーデーの日の光景がまざまざと浮んで来た。
 その年の五月一日は割合曇って、風の寒いような日であった。私たちは江戸橋のそばに佇んで、昭和通りを上野公園に向って行進して来るメーデーの行列を迎えた。行進して来る組合の人々は互にぎっちり腕を組み合って、組合旗を守り、元気よいというよりも気のたった大声をはりあげメーデーの歌をうたいつつ、ゆっくり進むかと思うと、腕を組み合ったまま急にかけだして、途切れそうになる行列をつないで、進んでゆく。前方を見ると、行列は顎紐をかけゲートルを巻いた警官の黒い群に雪崩れこまれ、警官が列の中から検束しようとする同志を守ってかたまりとなり、大揉みに揉んでいる。がんばれーッ――ひっこぬかれるなッ! そういう怒声もきこえる。歩道の人々はおどろきと恐怖の表情で、そのさわぎを眺めているのであった。
 そのころのメーデーといえば、全く勤労大衆の行進か、警官の行進か、という風であった。険相な眼と口を帽子の顎紐でしめ上げた警官たちが、行列の両側について歩いて寸刻も離れないばかりか、集合地点には騎馬巡査が…

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