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貞操について
ていそうについて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十五巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日
初出「婦人公論」1946(昭和21)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-09-17 / 2014-09-18
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私たちが、或るひとつの言葉からうける感じは、実に微妙、複雑なものだと、びっくりする。たとえばここに貞操について、という表題がある。これを見たとき、私たちの心に直感されたのは何だろう。貞操というもののたしかな価値の感じだろうか。それとも、それは現代生活の波瀾のなかで、婦人帽のはじにちょっと下げられた一ひらのヴェールのように、その不安定さ、あいまいさの故に却って風情と好奇心とを、ひかれるような言葉として感じられるだろうか。
 貞操というような言葉をきいたとき、今日の若い多くの人々の眼の中には、その言葉に圧迫されたり拘束を感じたりするような色はもう見えない。それにかわって、一体貞操というものの本質はどういうものだろうかと問い質したげな輝きがつよくあらわれて来たのである。今日、世界のいたるところで、過去の価値評価がくつがえされつつある。政治上の権力においても、又風習においても。ヨーロッパよりも六七十年おくれて、民主社会にふみ出そうとしている日本では、おくれているだけに事情は複雑で、過去のモラルの形式は、急速に現実の風波にさらされ、再評価されつつある。貞操という種類の言葉が、よかれあしかれ、何かの実感をもってうけとられるのは、今日若い命の力ばかりをたよりに歴史の曲折をしのいでいるような若い人々からみれば、もう一時代前、つまりその人たちの父母たちの時代で一段落つげているように思われる。きょうという日に生活のひとこまを展開させている若い人々に、貞操という呪文めいた言葉の表現で向っても、既に理性にも感情にも訴えるものを失っているだろう。在るのは、数々の人間行動の基準の一つとして、両性関係をどう見てゆくか、という白日的な問題の提出方法である。それは、過去において、貞操が扱われたような信仰的なものではなくて、もっと客観的な探求の対象として、人間生活理解の上の課題としてあらわれるのである。

 そもそも人間社会に、貞操という言葉が登場したのは、いつ頃のことなのだろう。そして、それはどんな必然に立ち、特に婦人に対してばかり貞操ということを重要な問題として来ていたのであろうか。
 ここに一つの物語がある。
 第一次大戦までは、まだ地球の端々にのこされていた未開の人々の社会での出来ごとである。その野蛮人たちの男は狩りを仕事とし、女は木の葉でふいた小舎の前で穀物をついたり、酒をかもしたりして働き、彼等の間では結婚の形態も、原始のままで行われていた。一つの部落内では集団婚で、良人と妻とは互に一人が一人のものときまっていなかった。狩りのえものがあって何日かは食べるものの心配から解放されたとき男は自分の好きな女の小舎に入って、外に自分の弓矢をかけておくのが習慣であった。部落のほかの男たちは、そこに一対の弓矢がかけられている間は、その持主に良人の位置を認めるわけである。
 獣の巣ごもりに近いそ…

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