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権力の悲劇
けんりょくのひげき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十五巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年5月20日
初出「婦人公論」1949(昭和24)年11月号
入力者柴田卓治
校正者米田進
公開 / 更新2003-09-26 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 八月のある日、わたしは偶然新聞の上に一つの写真を見た。その写真にとられている外国人の一家団欒の情景が、わたしの目をひいた。背景には、よく手入れされたひろい庭園と芝生の上に、若い父親が肱を立ててはらばい、かたわらの赤ン坊を見て笑っている。片手は軽くその赤ン坊の縫いぐるみのおもちゃらしいものにふれている。赤ちゃんは男の児である。肥だちよくくりくりと丸くて、夏の白いベビイ服の短袖から、くびれて可愛い腕がむき出ている。日本でいえば丁度はいはいごろの赤ちゃんである。笑うような、さてまた不思議がるような表情をカメラに向けているあどけなさ。そのあどけなさにひき入れられて、自分も芝生の上にくつろいで片肱つきながら見とれている若い母親。その母親の笑顔は、赤ちゃんの無邪気さ、愛くるしさにとけ入って、はた目を忘れた瞬間のほほえましさで輝やいている。自然も人間もそこにそうして在ることに、何と安らかさがたたえられている情景だろう。
 いまの日本で、こういう写真を見るとめずらしい気もちが起る。写真につけられている説明をよんで、わたしは、ひとしおしげしげとその写真を眺めなおした。というのは、そのスナップは一つの「家族写真」で、幸福そうな若夫婦はエリザベス王女とエディンバラ公であった。かわいらしい男の赤ちゃんはチャールズで、夏別荘に暮している一家のスナップなのだった。
 エリザベス王女のあらゆる種類の写真が世界にひろがっている。威厳がありすぎるほど威厳にみちた王女エリザベスとして、妹のマーガレット・ローズと比較して語られている。数々のスナップのうちで、こんなに自然な若い母の笑顔にとけた彼女の表情はほんとにめずらしい、彼女の女として幸福を感じる瞬間は、その生活のどんなところにあるかということを思わせる写真だった。
 それから間もない別のある朝のことだった。わたしは新聞の上に一つのニュースをよんだ。それは最新化学兵器についてのニュースだった。おそろしい化学力をもつその兵器の効果は、すべての人類をたちまち醜い不具にして、死滅させる威力をそなえているものであると説明されている。それを公表しているのはイギリスの学者であった。
 わたしはそのニュースに目をこらした。そしてだんだん体のこわばって行く感じだった。夫婦の間に赤ちゃんを遊ばせてあんなに楽しそうにほほ笑んでいた王女エリザベスは、このニュースが世界に流布されたことを知っているだろうか。あどけなくおさないチャールズの命と、そのすこやかな成長を願わずにいないだろう母の思いと、すべての人類を醜い不具にして死滅させる兵器の発見という宣伝との間には、ほとんど信じられないほどの残酷さがある。若い親たちと赤ン坊とのあの家族写真には見えない空のどこかに、その残酷さが、禿鷹のように舞っているのだろうか。
 八月一日の『ニュース・ウィーク』には、はからずも王女エリ…

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