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夢占
ゆめうら
作品ID33216
著者楠山 正雄
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の諸国物語」 講談社学術文庫、講談社
1983(昭和58)年4月10日
入力者鈴木厚司
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2003-10-31 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 むかし、摂津国の刀我野という所に、一匹の牡鹿が住んでいました。この牡鹿には二匹仲のいい牝鹿があって、一匹の牝鹿は摂津国の夢野に住んでいました。もう一匹の牝鹿は、海を一つへだてた淡路国の野島に住んでいました。牡鹿はこの二匹の牝鹿の間を始終行ったり来たりしていました。
 けれども牡鹿は摂津の牝鹿よりも、淡路の牝鹿の方を、よけい好いていました。そしていつも淡路の方へ行って遊んでいることが多いので、夢野の牝鹿はさびしがって、淡路の牝鹿をうらんでいました。

     二

 ある日めずらしく牡鹿は夢野の牝鹿の所へ来て、一日遊び暮らしていました。そしてそのあくる朝帰ろうとする時、ふと悲しそうな、心配そうな目をして、ため息を一つつきました。牝鹿はふしぎに思って、
「あなた、どうかなさいましたか。大そう顔色が悪いようですね。」
 とたずねました。
 牡鹿は、
「なあに何でもないよ。」
 といって、強く首を振りました。
「いいえ、ため息をおつきになったりなんかして、きっと何か御心配なことがあるのでしょう。わけを話して下さいまし。」
 と牝鹿がしつっこくせめました。そこで牡鹿もしかたなしに、
「じつはゆうべ、いやな夢を見てね。」
 といいました。
「それはどんな夢。」
「何でもわたしが野の中を歩いていると、いつの間にか頭の上に草が生えて、背中には雪が積もった。どうしたのかと思って、気持ちが悪いから、雪を払おうとすると、夢が覚めた。いったい何の知らせだろうか。気になってしかたがない。」
 といいました。
 すると牝鹿は、ふと思いついて、これはちょうどいい折だから、こういう時に牡鹿をおどかして、もうこののち海を渡って淡路へ行くことを、思い止まらせてやろうと考えて、でたらめな夢占をたてました。それは、頭に草が生えたとみたのは、かりゅうどの矢が首に当たる知らせで、背中に雪の積もったのは、殺されて塩漬けにされる知らせだというのです。
「だから今日は淡路へ渡るのは止して、ゆっくりここで遊んでおいでなさい。」
 と牝鹿はいいました。
「海を渡ればきっと途中でかりゅうどに射られて、殺されるかも知れません。」
 そう聞いて、牡鹿はこわくなりました。どうしようかと思って、とうとうその日は一日ぐずぐず暮らしていましたが、日が暮れかかると、どうしてもがまんができなくなりました。もうなんでも野島へ渡らずにはいられなくなりました。そこで夢野の牝鹿の止めるのもきかずに、とうとう出かけて行きました。
 するとまったく占いのとおり、海を渡る途中かりゅうどに見つかって、牡鹿は首を射られて殺されました。そしてそのなきがらは、雪のような塩の中に詰められて、人に食べられてしまいました。
 ですから、うっかりじょうだんに占いなどを立てると、それがほんとうになって、とんだ災難をうけることがあるものです。…

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