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何故の出兵か
なにゆえのしゅっぺいか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「与謝野晶子評論集」 岩波書店 岩波文庫
1985(昭和60)年8月16日
初出「横浜貿易新報」1918(大正7)年3月17日
入力者Nana ohbe
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-06-14 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 日本人の上に今や一つの大問題が起っております。近頃の新聞を読む人の誰も気が附く通り、それは西伯利亜へ日本の大兵を出すか出さないかという問題です。
 これに対して我々婦人はどういう意見を持つでしょうか。習慣として、我国の婦人はとかくこういう大問題を眼中に置きません。女は家庭に終始する者として、公の事は男子の意見に任せていました。けれども今は、男女の別なく人として十全に生きるために、一切を知り、一切を享楽する敏感が必要であると共に、一切を正確に認識して、それの価値を批判する理性が必要である時代となりました。人は個人として、国民として、世界の人類として、生存しかつ発展するために、平等に思索し、平等に意見を述べ、平等に行動するの自由を持つようになりました。婦人なるが故にわざとこういう問題に目を閉じているようなことがあれば、それは国民としての権利を行使する義務を怠ったもので、新しい国民道徳からいえば罪悪の一種に当ります。
 私はこの問題について自分だけの感想を述べようと思います。
 先ず私の戦争観を述べます。「兵は凶器なり」という支那の古諺にも、戦争を以て「正義人道を亡す暴力なり」とするトルストイの抗議にも私は無条件に同意する者です。独逸流の教育を受けた官僚的学者にはこれを以て空想的戦争観とする人ばかりのようですが、一人福田徳三博士は「これを個人の間において言うも、相互間の親密を増進し、意志の疏通を計るがために、先ず人を殴打するということのあるべき道理は決してない。国際間においても干戈を以て立つということは、既に平和の破壊であって、正義人道とは全く矛盾した行動である。それ故に如何なる口実の下においても、戦争たる以上は正義人道の上から見ると変則であるといわねばならぬ。実に戦争その物が正義人道を実現するものでないことは多言するまでもない」と本月の『太陽』で述べられたのが光輝を放って私の眼に映じます。私は福田博士と全く同じ考えを戦争の上に持っております。
 それなら、性急に軍備の即時撤廃を望むかというと、私はそれの行われがたいことを予見します。内政のためでなくて、今日のように国際のために設けられた軍備は、露西亜のレニン一派の政府のように極端な無抵抗主義に殉じるの愚を演じない限り、一国だけが単独に撤廃されるものではありません。それは列国の合意の下で円滑に実行される日に向って期待すべきことで、今からその日の到来を早くすることに努力するのが自然の順序だと思います。
 私は遺憾ながら或程度の軍備保存はやむをえないことだと思います。国内の秩序を衛るために巡査の必要があるように、国際の平和と通商上の利権とを自衛するために国家としては軍備を或程度まで必要とします。これは決して永久のことでなく、列国が同時に軍備を撤廃し得る事情に達する日までの必要において変則的に保存されるばかりです。その…

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