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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
副題06 間の山の巻
06 あいのやまのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠2」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日
初出第六巻「間の山の巻」「都新聞」1917(大正6)年 10月25日~12月30日
入力者(株)モモ
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-05-31 / 2014-09-17
長さの目安約 133 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 内宮と外宮の間にあるから間の山というのであって、その山を切り拓いて道を作ったのは天正年間のことだそうであります。なお委しくいえば、伊勢音頭で名高い古市の尾上坂と宇治の浦田坂の間、俗に牛谷というところあたりが、いわゆる間の山なので、そこには見世物や芸人や乞食がたくさん群がって、参宮の客の財布をはたかせようと構えております。
 伊勢の大神宮様は日本一の神様。畏くも日本一の神様の宮居をその土地に持った伊勢人は、日本中の人間を膝下に引きつける特権を与えられたと同じことで、その余徳のうるおいは蓋し莫大なもので、伊勢は津で持つというけれども、神宮で持つという方が、名聞にも事実にも叶うものでありましょう。
 伊勢の人は斯様な光栄ある土地に住んでおりながら、どうしたものか「伊勢乞食」というロクでもない渾名をつけられていることは甚だ惜しいことであります。
「伊勢乞食」という渾名がどこから出たか、それにはいろいろの説があります。第一、参宮の道者をあてこんで、街道の到るところに乞食が多いからだという説もあります。また、伊勢人は一体に物に倹しく、貨殖の道が上手なところから、嫉み半分にこんな悪名をかぶらせたのだという説もあります。また、文化のころ世を去った古市寂照寺の住職で乞食月僊という奇僧があって、金さえもらえば芸妓の腰巻にまで絵を描いたというその月僊和尚の、世間から受けた悪名をそのまま伊勢人全体の上へ持って行ったのだという説もあります。
 そんなことはどうでもよろしいが、伊勢の国に乞食の多いことは争われないので、そうしていま申す間の山あたりには、それが最も多いのであります。
 源氏車や菊寿の提灯に火が入って、水色縮緬に緋羅紗の帯が、いくつも朧の雪洞にうつって、歌吹の海に臙脂が流れて、お紺が泣けば貢も泣く頃には、右の間の山から、中の地蔵、寒風の松並木、長峰の里あたりに巣をくった名物の乞食どもが、菰を捲いて、上り高のさしを数えて、ぞろぞろと家路をさして引上げて来るのであります。秋に入ったとはいえ、陽気を受けたこの土地は、なかなか夜風の涼しさが肌に心地よいくらいで、昼は千早振神路山の麓、かたじけなさに涙をこぼした旅人が、夜は大楼の音頭の色香の艶なるに迷うて、町の巷を浮かれ歩いていますから、夜の賑いも、やっぱり昼と変らないくらいであります。
 それも寒風の松並木のあたりへ来ると、グッと静かになって、昼の人出はどこへやら、常明寺から響く鐘の音が、ここばかりは陰に籠るかと聞きなされて、古市の町の明るい灯を見ながら、この鐘の響を聞くと、よけい、寂しさが身に沁みるように思われます。
「夕べ、あしたの鐘の声……なんだかお玉さんのようだねえ」
 並木の蔭に立ち止まって、後ろを振返ったのは、片手に三味線を包んだ袋を抱えた、まだ年の若い女の子であります。
「どうしたのでしょう、…

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