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沈黙の塔
ちんもくのとう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「森鴎外全集2」 ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年7月24日
入力者鈴木修一
校正者mayu
公開 / 更新2001-06-19 / 2014-09-17
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 高い塔が夕の空に聳えている。
 塔の上に集まっている鴉が、立ちそうにしてはまた止まる。そして啼き騒いでいる。
 鴉の群れを離れて、鴉の振舞を憎んでいるのかと思われるように、鴎が二三羽、きれぎれの啼声をして、塔に近くなったり遠くなったりして飛んでいる。
 疲れたような馬が車を重げに挽いて、塔の下に来る。何物かが車から卸されて、塔の内に運び入れられる。
 一台の車が去れば、次の一台の車が来る。塔の内に運び入れられる品物はなかなか多いのである。
 己は海岸に立ってこの様子を見ている。汐は鈍く緩く、ぴたりぴたりと岸の石垣を洗っている。市の方から塔へ来て、塔から市の方へ帰る車が、己の前を通り過ぎる。どの車にも、軟い鼠色の帽の、鍔を下へ曲げたのを被った男が、馭者台に乗って、俯向き加減になっている。
 不精らしく歩いて行く馬の蹄の音と、小石に触れて鈍く軋る車輪の響とが、単調に聞える。
 己は塔が灰色の中に灰色で画かれたようになるまで、海岸に立ち尽していた。

       *          *          *

 電灯の明るく照っている、ホテルの広間に這入ったとき、己は粗い格子の縞羅紗のジャケツとずぼんとを着た男の、長い脚を交叉させて、安楽椅子に仰向けに寝たように腰を掛けて新聞を読んでいるのを見た。この、柳敬助という人の画が toile を抜け出たかと思うように脚の長い男には、きのうも同じ広間で出合ったことがあるのである。
「何か面白い事がありますか」と、己は声を掛けた。
 新聞を広げている両手の位置を換えずに、脚長は不精らしくちょいと横目でこっちを見た。「Nothing at all!」物を言い掛けた己に対してよりは、新聞に対して不平なような調子で言い放ったが、暫くして言い足した。「また椰子の殻に爆弾を詰めたのが二つ三つあったそうですよ。」
「革命党ですね。」
 己は大理石の卓の上にあるマッチ立てを引き寄せて、煙草に火を附けて、椅子に腰を掛けた。
 暫くしてから、脚長が新聞を卓の上に置いて、退屈らしい顔をしているから、己はまた話し掛けた。「へんな塔のある処へ往って見て来ましたよ。」
「Malabar hill でしょう。」
「あれはなんの塔ですか。」
「沈黙の塔です。」
「車で塔の中へ運ぶのはなんですか。」
「死骸です。」
「なんの死骸ですか。」
「Parsi 族の死骸です。」
「なんであんなに沢山死ぬのでしょう。コレラでも流行っているのですか。」
「殺すのです。また二三十人殺したと、新聞に出ていましたよ。」
「誰が殺しますか。」
「仲間同志で殺すのです。」
「なぜ。」
「危険な書物を読む奴を殺すのです。」
「どんな本ですか。」
「自然主義と社会主義との本です。」
「妙な取り合せですなあ。」
「自然主義の本と社会主義の本とは別々ですよ。」
「はあ。どうも好く…

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