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映画時代
えいがじだい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦随筆集 第二巻」 岩波文庫、岩波書店
1947(昭和22)年9月10日、1964(昭和39)年1月16日第22刷改版
初出「思想」1930(昭和5)年9月
入力者野村裕介
校正者浜野智
公開 / 更新1998-08-25 / 2014-09-17
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 幼少のころ、高知の城下から東に五六里離れた親類の何かの饗宴[#「饗宴」は底本では「餐宴」]に招かれ、泊まりがけの訪問に出かけたことが幾度かある。饗宴の興を添えるために来客のだれかれがいろいろの芸尽くしをやった中に、最もわれわれ子供らの興味を引いたものは、ある大工さんのおはこの影絵の踊りであった。それは、わずかに数本の箸と手ぬぐいとだけで作った屈伸自在な人形に杯の笠を着せたものの影法師を障子の平面に踊らせるだけのものであった。そのころの田舎の饗宴の照明と言えば、大きなろうそくを燃やした昔ながらの燭台であった。しかしあのろうそくの炎の不定なゆらぎはあらゆるものの陰影に生きた脈動を与えるので、このグロテスクな影人形の舞踊にはいっそう幻想的な雰囲気が付きまとっていて、幼いわれわれのファンタジーを一種不思議な世界へ誘うのであった。
 ジャヴァの影人形の実演はまだ見たことがないが、その効果にはおのずからこの田舎大工の原始的な影人形のそれと似通った点がありそうに思われる。踊る影絵はそれ自身が目的ではなくて、それによって暗示される幻想の世界への案内者をつとめるのであろう。
 それはとにかく、もし現代の活動映画が「影の散文か散文詩」であるとすれば、こういう影人形はたとえば「影の俳句」のようなものではあるまいか。
 幻燈というものが始めて高知のある劇場で公開されたのはたぶん自分らの小学時代であったかと思う。箸と手ぬぐいの人形の影法師から幻燈映画へはあまりに大きな飛躍であった。見て来た人の説明を聞いても、自分の目で見るまでは、色彩のある絵画を映し出す影絵の存在を信ずる事ができなかった。そして始めて見た時の強い印象はかなり強烈なものであった。ホワイトナイルの岸べに生まれたある黒んぼ少年の数奇な冒険生涯を物語る続きものの映画を中学校の某先生が黄色い声で説明したものである。それからずっと後の事ではあるが日清戦争時代にもしばしば「幻燈会」なるものが劇場で開かれて見に行った。県出身の若き将校らの悲壮な戦死を描いた平凡な石版画の写真でも中学生のわれわれの柔らかい頭を刺激し興奮させるには充分であった。そしてそれらの勇士を弔う唱歌の女学校生徒の合唱などがいっそう若い頭を感傷的にしたものである。一つは観客席が暗がりであるための効果もあったのである。同じ効果は活動写真の場合においても考慮に加えらるべきであろう。
 疾くに故人となった甥の亮が手製の原始的な幻燈を「発明」したのは明らかにこれらの刺激の結果であったと思われる。その「器械」は実に原始的なものであった。本箱の上に釘を二本立ててその間にわずかに三寸四角ぐらいの紙を張ったのがスクリーンである。ほぼこれと同大のガラス板に墨と赤および緑のインキでいいかげんな絵を描いたのをこの小さなスクリーンの直接の背後へくっつけて立てて、その後ろに石油ランプを置く…

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