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雨になる朝
あめになるあさ
作品ID3396
著者尾形 亀之助
文字遣い新字旧仮名
底本 「尾形亀之助詩集」 現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年6月10日初版第1刷
入力者高柳典子
校正者泉井小太郎
公開 / 更新2003-04-27 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

この集を過ぎ去りし頃の人々へおくる


序  二月・冬日

二月

 子供が泣いてゐると思つたのが、眼がさめると鶏の声なのであつた。
 とうに朝は過ぎて、しんとした太陽が青い空に出てゐた。少しばかりの風に檜葉がゆれてゐた。大きな猫が屋根のひさしを通つて行つた。
 二度目に猫が通るとき私は寝ころんでゐた。
 空気銃を持つた大人が垣のそとへ来て雀をうつたがあたらなかつた。
 穴のあいた靴下をはいて、旗をもつて子供が外から帰つて来た。そして、部屋の中が暗いので私の顔を冷めたい手でなでた。

冬日

 久しぶりで髪をつんだ。昼の空は晴れて青かつた。
 炭屋が炭をもつて来た。雀が鳴いてゐた。便通がありさうになつた。
 暗くなりかけて電灯が何処からか部屋に来てついた。
 宵の中からさかんに鶏が啼いてゐる。足が冷めたい。風は夜になつて消えてしまつた、箪笥の上に置時計がのつてゐる。障子に穴があいてゐる。火鉢に炭をついで、その前に私は坐つてゐる。
千九百二十九年三月記


十一月の街

街が低くくぼんで夕陽が溜つてゐる

遠く西方に黒い富士山がある




街からの帰りに
花屋の店で私は花を買つてゐた

花屋は美しかつた

私は原の端を通つて手に赤い花を持つて家へ帰つた


雨になる朝

今朝は遠くまで曇つて
鶏と蟋蟀が鳴いてゐる

野砲隊のラツパと
鳥の鳴き声が空の同じところから聞えてくる

庭の隅の隣りの物干に女の着物がかゝつてゐる


坐つて見てゐる

青い空に白い雲が浮いてゐる
蝉が啼いてゐる

風が吹いてゐない

湯屋の屋根と煙突と蝶
葉のうすれた梅の木

あかくなつた畳
昼飯の佗しい匂ひ

豆腐屋を呼びとめたのはどこの家か
豆腐屋のラツパは黄色いか

生垣を出て行く若い女がある


落日

ぽつねんとテーブルにもたれて煙草をのんでゐる

部屋のすみに菊の黄色が浮んでゐる


昼寝が夢を置いていつた

原には昼顔が咲いてゐる

原には斜に陽ざしが落ちる

森の中に
目白が鳴いてゐた

私は
そこらを歩いて帰つた


小さな庭

もはや夕暮れ近い頃である
一日中雨が降つてゐた

泣いてゐる松の木であつた


初夏一週間(恋愛後記)

つよい風が吹いて一面に空が曇つてゐる
私はこんな日の海の色を知つてゐる

歯の痛みがこめかみの上まで這ふやうに疼いてゐる

私に死を誘ふのは活動写真の波を切つて進んでゐる汽船である
夕暮のやうな色である

×

昨日は窓の下に紫陽花を植ゑ 一日晴れてゐた


原の端の路

夕陽がさして
空が低く降りてゐた

枯草の原つぱに子供の群がゐた
見てゐると――
その中に一人鬼がゐる


十二月の昼

飛行船が低い

湯屋の煙突は動かない


親と子

太鼓は空をゴム鞠にする
でんでん と太鼓の音が路からあふれてきて眠つてゐた子をおこしてしまつた…

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