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樹木とその葉
じゅもくとそのは
副題08 若葉の頃と旅
08 わかばのころとたび
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「若山牧水全集 第七卷」 雄鷄社
1958(昭和33)年11月30日
入力者柴武志
校正者林幸雄
公開 / 更新2001-09-07 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 櫻の花がかすかなひかりを含んで散りそめる。風が輝く。その頃から私のこゝろは何となくおちつきを失つてゆく。毎年の癖で、その頃になると必ずの樣に旅に出たくなるのだ。また、大抵の年は何處かへ出かけてゐる。

 櫻の花の散りゆくころ、やはらかく萌えわたる若葉の頃、その頃の旅の好みを私は海よりもおほく山に向つて持つ。山と云つても、青やかな山と山との大きな傾斜が落ち合ふ樣な、深い溪間が戀しくなる。
 上州の吾妻川は澁川町で沼田の方から來た利根川と落ち合つてゐるが、その澁川町から十里ほど溯つたあたりに普通に關東耶馬溪と呼びなされてゐる溪谷がある。兩岸は切り立つた樣な斷崖で、その斷崖には意外なほど多くの樹木が生えてゐる。その相迫つた斷崖の底に極めて細く深く青み湛へた淵は、時にまた雪白な飛沫をあげた奔湍となつて流れ下る。
 溪流そのものも矢張り他に見られぬ面白さを持つて居るが、私はことにその流を挾む兩岸の斷崖に茂つて居る木立を愛するものである。樹は多く年を經た老樹で、土氣とぼしい岩の間に、殆んど鑛物化した樣なその根を張り枝を伸ばして、形あやしく立つて居る。私が初め其處を見たのは秋の末、落葉の頃であつた。いはゆる寒巖枯木の風情は充分に眺められたが、それを見るにつけても若葉の頃がなほ一層にしのばれた。で、その翌年の五月、はる/″\とまた其處へ出かけて、山櫻が咲き、山櫻が散り、とりどりの木の芽が萌え、躑躅が咲き、藤の花の咲き出すまで、二十日ほども其處に程近い川原湯温泉に泊つてゐて、毎日々々その溪間の眺めを樂しんだものであつた。川原湯温泉から直ぐその不思議な眺めを持つ峽谷に入つて出はづれるまで約一里、出はづれると遙かに大きな吾妻川の流域が見渡された。野原とも云ひたいこの廣大な溪谷にももく/\とした若葉の呼吸が萌え立つてゐるのであつた。
朝づく日峯をはなれつわが歩む溪間のわか葉青みかがやく
朝づく日さしこもりたる溪の瀬のうづまく見つつ心しづけき
溪合にさしこもりつつ朝の日のけぶらふところ藤の花咲けり
荒き瀬のうへに垂りつつ風になびく山藤の花の房長からず
 溪間と云へばおほく其處に多い温泉を見逃がすわけにはゆかぬ。谷にそつた川原湯温泉は吾妻川に臨んだ斷崖の上に在つて、非常に靜かな、景色もいゝ所である。其處から、少し下つて中之條町より左折した一支流の谷間には四萬温泉がある。また、澁川から利根川の方へ溯ればその本流に沿うて十幾個所かの温泉が出てゐるのだ。私の其處を[#挿絵]り歩いたは秋であつたが、若葉の頃、ことに細かな雨のそゝぐ曙など、人知らぬそれら谷間の湯にひつそり浸つてゐるのは決して惡くあるまいと思ふ。
 東京近くの溪では秩父であらう。信越線熊谷驛から入つて三峰山に登る間の溪流、それから東京山手線の池袋驛から武藏野を横切つて飯能に到り、其處から沿うて上つてゆく名栗川の溪流、共に秩父の山…

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