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田舎の新春
いなかのしんしゅん
作品ID3419
著者横瀬 夜雨
文字遣い旧字旧仮名
底本 「雪あかり」 書物展望社
1934(昭和9)年6月27日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-08-11 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 田舍の正月は今でも舊だから都會の正月より一月以上後れる。田舍だけに都會人の知らない面白い正月行事があるのだが、年と共に頽れてゆくのもあるから、その三四を抄録してみやう。

        三ヶ日の珍風習

 舊正月の三日間、餅を搗いても[#挿絵]をつくらぬ家がある。いかなる理由であるか明瞭ではないけれど、その三日間餅を納豆や鹽鮭で喰べ、四日目に至つてはじめて[#挿絵]をつくる。所謂「家風」であるが,おそらく昔の貧困時代をしのぶ、年のはじめの節儉の覺悟でもあらうか。即ち贅澤と思惟されてゐた砂糖を絶つのである。
 その一例に、或る家では(今相當の資産家なのだが)三日間その家の主人が、尾籠な話ではあるが下便所へいつて、鹽黄粉で餅を喰べるのである。御念の入つた事には紺の仕事股引をはき簑を着、しかも跣で。
 これによつて推察すれば、昔の貧窮時代簑を着たまま正月の餅を食はねばならなかつたので、現在生活が樂になつても治にゐて亂を忘れずといふ律義な農民の心が、かかる家風をつくつたのであらう。
 百姓の御馳走といつても、野菜料理に數の子鹽鮭位である。師走の暮れには鹽鮭を藁つとにして親類や知己に贈る。その時鮭の尻尾のところに屹度藁草履のかはりに銀貨や白銅のおひねりをつけたりもする。この鹽鮭が大抵御正月の御馳走になるのだ。
 鹽鮭の昆布卷は、田舍の正月料理のうちでうまいものの一つである。昆布の眞ん中を藁みごでくくるのも甚だ野趣があつていゝ。それからあの頭を細かにきつて酢漬にする。子供の時あの軟骨をかり/\喰べるのが好きだつた。

        鍬入り

 四日は鍬入り、即ち農のはじめだ。畑に入る式をする。大豆と賽の目にきつた餅と昆布とを四方の隅をひねりあげた和紙の器にいれて、畑へ持つてゆき、鍬で一寸麥畑をさくつて門松の一枝を[#挿絵]し、そこへ供へる。畑に供へるのだが、その時大聲をあげて、
からあす、からすからす
と山の烏を呼ぶ。
 烏は元來人を怖れぬずるい鳥であるから、不思議にこの日を覺えてゐて、山から飛んできて御馳走になる。權兵衛が種子蒔きや烏がほじくるといふナンセンス譬ひもある通り、農作物を荒す害鳥なのだが、せめて正月だけは御馳走しやうといふ昔の人のいいほどこしが、今尚ほ農のはじめの鍬入りの日に行はれるのだ。

        ななくさがゆ

 正月七日粥をつくる。七種を混じたる粥で米、粟、黍子、稗子、胡麻子、小豆でつくるのが正式らしいがこの邊では野菜を多く入れる。
 冬菜、芋、大根、米などでつくり、七いろはいれない。その菜や大根を刻む時
七くさ なづな
唐土の 鳥が
渡らぬ 先に
ストトン、トントン
と唄つて、調子をとりながら陽氣につくる。この唄は實に庖丁のリズムにあつてゐる。この昔からの唄も次第に忘れられてしまひさうだ。唐土の鳥とはなにを意味するのであらうか。餅なの…

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