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女百貨店
おんなひゃっかてん
作品ID342
著者吉行 エイスケ
文字遣い新字新仮名
底本 「吉行エイスケ作品集」 文園社
1997(平成9)年7月10日
入力者霊鷲類子、宮脇叔恵
校正者大野晋
公開 / 更新2000-06-13 / 2014-09-17
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1

「ハロー。」
 貨幣の豪奢で化粧されたスカートに廻転窓のある女だ。黄昏色の歩道に靴の市街を構成して意気に気どって歩く女だ。イズモ町を過ぎて商店の飾窓の彩玻璃に衣裳の影をうつしてプロフェショナルな女がかるく通行の男にウィンクした。
 空はリキュール酒のようなあまさで、夜の街を覆うと、絢爛な渦巻きがとおく去って、女の靴の踵が男の弛緩した神経をこつこつとたたいた。つぎの瞬間には男女が下落したカワセ関係のようにくっついて、街頭の放射線から人口呼吸の必要なところへ立去って行った。
 午後十一時ごろであった。大阪からながれてきたチヨダ・ビルのダンサー達が廃れた皮膚をしてアスハルトの冷たい街路に踊る靴をすべらした。都会の建物の死面に女達は浮気な影をうつして、唇の封臘をとると一人の女が青褪めた朋輩に話しかけた。
「あのなあ、蒙古人がやってきはって、ピダホヤグラガルチュトゴリジアガバラちゅうのや。あははは。」
「けったいやなあ、それなんや。」
「それがなあ。散歩してーえな、ちゅうことなのや。おお寒む。」
 酒と歌と踊のなかからでてきた男女が熱い匂のする魅力にひかれて、洪水のようにながれる車体に拾われると、夥しい巡査がいま迄の蛮地のエロチシズムの掃除を始めて、街は伝統とカルチュアが支配する帝王色に塗りかえられた。

 同じ時刻。太田ミサコの黒いスカートが冷たい路上で地下の電光に白く煌いた。彼女の横顔が官衙と銀行と、店舗のたちならんだ中央街の支那ホテルのまえまでくると細かく顫えた。形のいい鼻の粗い魅力がうす黒い建物に吸いこまれると灰色のホテルの壁にそって彼女の影がコンクリートの階段を中年女の靴音をのこして一歩、一歩、女の強い忍従が右に折れると、或る部屋の扉を繊奢な澱みもなく暴々しくノックした。
「カム・イン。」
 太い男の声が扉のすき間からもれると、太田ミサコは部屋につかつかと這入ると、彼女は盲目のように寝衣の男を見つめた。
「やあ、部屋をまちがえた花嫁のようにてれているじゃないか。」と、巨大な男は彼女に青い尻をむけて云った。
 すると太田ミサコは、ソファに片脚あげて、ストッキングを結んだ華美な薔薇の花模様の結び目をゆるめると、
「いくら破廉恥でも淫売婦の逢い曳じゃないのよ。」
「これは失礼。だが、不眠症になるような取引を申しこまれたのはどこのマクロー様かね。」太田ミサコは鉤形の鼻を鳴らして殺風景な部屋椅子に腰を下ろすと、埃のつんだ卓子に片ひじついて、
「ほほ、それではバル・セロナ生れの伊達ものには見えないわ。それともお前さんは妾に弱味でもあると思っているの。」
 すると、奇怪な男がおどけて云った。
「ミサコ女史よ、巴里ではミモザの花は一輪いくらしますか。」
「ムーラン・ルージュの恋物語でございますか。はい、一輪お高うございますわ。」
 色の黒い肥まんした男が腹を…

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