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作品ID3420
著者横瀬 夜雨
文字遣い旧字旧仮名
底本 「雪あかり」 書物展望社
1934(昭和9)年6月27日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-08-11 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 露じもの降りる朝もあるにはあるが、木の芽稍ふくらんで暖かい日和の續く三月。常磐木ならでは野に青い物は無い。軒の下などに霜げ殘りの坊子泣かしだけが去年からの命を青く保つてゐる。まだ有る。戸袋の脇に誰かが厄病除にぶら下げたにんにくから延び出した青い芽。かうして太陽は南方から回つて來るのだ。

 ひる過ぎ、學校から戻つた子供達の鞄からいろんな物がのぞいてゐる。お彈きのガラス玉、積細工の人形の首、空氣枕のネヂ、コードの切れなど。何處で摘んだかまだ咲き切らぬやぶ蘭の花も交つてゐる。
 やぶ蘭は子供の誰もがをかしがる。ひらくと、男の物、女の物の格好そつくりになるからだ。ぢぢばばと呼んでゐる。色がまた變なのだ。たちの惡い子供は、花と花とをおつつけ合つて、爺さん婆さんが寢てるんだとはやす。親達はめん喰ふ。
 山の春の期待に澱みなくふくらんでゐる、裸の木で春早く囀るは四十雀だ。常陸野は明るい。筑波は近く富士は遠く、筑波の煙は紫に、富士の雪は白い。風はあつても、枝々をやんわり撫でて行くに過ぎぬ。
 林の中には斧の音。春は木の伐時なのだ。
 かうした時、林のすみから拔かれて來たやぶ蘭の莟を見て、心はたのしく春のことぶれを祝ふ。

 アネモネに似た花に翁草がある。野生の草だが、一寸猫柳に似た天鵝絨のやうな銀いろの軟毛につつまれた、アネモネよりは厚ぼつたい感じだ。花びらのやうに見える濃紫の美しい六枚の萼。やがて雌ずゐが延びると、羽毛状の痩せた果が群がり生る。其形が白髮に似てるので翁草といふらしいが、常陸ではおちごかんぱといつてゐる。稚兒の頭に見立てた名であらう。かんぱは禿の義。實が入るとたんぽぽのおばはん[#「おばは」に傍点]のやうに、少しの風にも飛び出す。女の子は實のいらぬ前に採つて來て、毛を二つに分け綺麗に髮を結つて、小さい赤い人形の着物を着せる。實のいらぬ前はいい具合に羽毛がとれないからだ。男の子は山の筆と呼んでる。水ぐらゐつけて板塀などへ書く分には書ける。

 水がぬるんで來た。
 田の中の水たまりに寒天樣の古鎖とも見えるぬる/\した紐を見るであらう。棒の先でそつと除けると、下に大きな蛙がかまへてゐる。砂もぐりがひよろりと出て來ては、またもぐり込む。蛙は卵を番してるのだといはれる。
 芹は雪間にすら顏を出す。銀いろのびらうどに包まれて、うつら/\まどろんでる猫柳の芽。それに觸るる柔かな指先の感じは母の乳首を思ひ出させる。少しすると、表皮が裂けて黄いろい花粉をつけた花房となる。私はよく佛壇の花いけに[#挿絵]した。一度、それが花となり、芽となつて切口から白い根の生えてたには驚いた。
 [#挿絵]してよくつくもの、柳、ポプラ、杉、椹。
 私のとこでは本讀みに來た少年達の組織した會があつて、年に一度づつ集つては小貝川の野地へ木を[#挿絵]して呉れる。[#挿絵]した年に冠水せぬ限り…

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