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現実に立って
げんじつにたって
副題婦人が政治をどう見るか
ふじんがせいじをどうみるか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「新社会」1946(昭和21)年1月創刊号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-18 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 新聞に、ぽつぽつと婦人代議士として立候補を予測される人々の写真などがのりはじめた。自分ではっきり立候補の計画をもっている婦人たちは、ふさわしいと判断した政党に入党手続をしたと報道されているし、立候補を予測されている人の中で、自分は絶対に立候補しないと明言している婦人たちもある。
 選挙という私たちの新しい仕事につれて、婦人は政治をどう考えるかという問題が、目前の事実として段々はっきりして来た。婦人有権者の総数は二千百六十八万人あって、その数は男子有権者よりも四十五万名多い。婦人は自覚、向上して、棄権しないように、という忠言もあちらこちらで聞かれる。けれども、率直にそれら二千百六十八万人の婦人の感想を求めたら、彼女たちの何割が果して今日における日本の女性の責任として、自分たちが急に与えられた権利を理解しているだろうか。
 先日或る座談会でその話題にふれたとき、少くとも隣組の婦人たちの間では、婦人の参政権に対する興味の気ぶりさえも見られないということであった。「そんなことより食べることに忙しくて」と云う表現もきかれた。成程、そういう片づけかたをしている部分も決して少くはないであろう。しかし、最近の十数年間に、夥しい社会の波瀾にたえながら、少女から成熟した女性へと生きて来た今日の若い婦人たちが、そういう主婦たちと同じような心で、自分たちの行使すべき権利について考えていると思えば、それは一つの大きい謬りであると思う。
 今日二十五歳前後の女性たちと云えば、十四年に亙る戦争の損傷を、最も深く蒙っている人々である。彼女たちは、自分の豊かなるべき青春と、若々しく闊達なるべき人間性が、あらゆる面でどんなに痛めつけられ、無視され、破壊されて来たかということを、めいめいの皮膚で知っている。そのような非道な力の下でしかも猶よく生きようと念願しつづけて来た自分たち若い女性の心情を、いつくしんでやまない情熱をも持っているであろう。生きてゆく上に経済事情がどんなに決定的な条件であるかという事実も、こうして女子の失業が強制されて来れば、考えずにはいられない。一人一人の若い女性が身にあまる現代の疑問と慾求とに満ちて生きている。そこへ、選挙権が与えられた。ひしと身に迫り、身内に疼いている生活上の様々の問題に対して、自分の一票は、どんなに力となってそれを展開し解決に向けて行き得るであろうか。どこへ一票を投じたならば、生活そのものから湧いている多くの願いは正直に答えられ偽りなく行動されるのであろうか。
 真面目な若い女性にとって、自分たちがもつ選挙権の行使ということは、生きてゆく良心の課題として立ち現れて来ているとさえ思えるのである。
 若い、敏感な女性たちは、政治に対する自分の判断に、自信がもてないのではないだろうか。自分がまだ十分の経験や常識をもっていない、という不安ばかりでなく、もっと広…

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