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新種族ノラ
しんしゅぞくノラ
作品ID345
著者吉行 エイスケ
文字遣い新字新仮名
底本 「吉行エイスケ作品集」 文園社
1997(平成9)年7月10日
入力者霊鷲類子、宮脇叔恵
校正者大野晋
公開 / 更新2000-06-07 / 2014-09-17
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  Nora

 生まれは、柬甫塞国、プノンペン市。
 父は、カンボジヤ華僑、現在、為替経紀。
 母は、カンボジヤ女、シソワットの居城、王宮付舞妓であった。
 現在は、上海市、フランス・タウン、アルベーローに住む。
 学歴は、中西女塾を卒業後、南洋大学の文科の聴講生となった。十九歳。
 職業は、南京路角、百貨店泰興公司の女店員、支配人デー・ダブリュ・クロフォードに愛さる。
 美貌は、新種族プラナカン(Pranakans)に酷似す。薄鼠色の皮膚、心惹くエキゾチシズムと蛇舞を踊る妖艶さと椰子しゅがあのごとき甘美さがある。
 趣味は、ハイ・アライに熱狂す。映画俳優はアドルフ・マンジュウとグレタ・ガルボが好き。ダンスはツレブラ、そのシステム、ウォーク、右廻転、左廻転、プロムナード、チロ、踵を床から浮離するツレブラを愛す。支那賭博を好まず。ポーカーをする。煙草はレッド・バンドを喫い、酒はラム酒、とくにネグリッタラムにてつくるバカーデ・カクテールを愛飲する。
 遺伝は、結婚したら鉄漿をつけると云う。上海プノンペン間を商用にて往来する父にカンボジヤ国より檳榔子の実を土産に買ってきてもらう。霖雨の来らんことをたえず願う。工業的騒音を好まざれど精米所の音響と、投機的熱狂を繰りかえす。フランス人にたいする人種的、嫌悪。そしてカンボジヤエロチシズムを発散す。
 食楽は、精進料理がお好き。まず録糸にてつくる魚翅、湯葉でつくれる火腿、たまに彼女はかつて母とともに杭州の西湖にある功徳林蔬食処へ精進料理を味わいに行った。鹹ものは蓮根のぬかづけが好き。だがちかごろは洋食のメニューを並べている。ときどきこっそり支那街へ海蛇の料理を食しにいらっしゃる。婦人病の薬だとて。
 衣裳は、三十枚のアフタヌーン・ドレス。彼女の年齢と同じだけのイブニング・ドレス。ノラは衣裳道楽だ。アフタヌーンのスカートは短くイブニングのスカートは長い。無地より模様入が好き。色合いは赫色がかった熱帯色。だが、ノラよ。スリップにつけたレースがまんかいしてスカートから臑のあたりに××××るのはあまり感心しないがどうしたものか。赤い蛇皮の靴。保護色のような薄絹の手袋。暗褐色に赤に横縞のあるアンクル・サックス。色眼鏡。魚の顋のように赤いガーター。
 肉感は、上海になくてはならぬものの一つ。樹脂色の唾液。象形文字のような骨格。闇色の肉体の隙間。撒水孔のような耳環のあと。円形の乳房のある地理。上海が彼女の舞台なら、そのコスチュームはノラの薄鼠色の皮膚だ。新しい薔薇戦争の勃起する魅力がそこにある。黄浦口にのぞんだパブリック・ガーデン、そこでは四十幾種類かの[#「四十幾種類かの」は底本では「四十機種類かの」]人種がプラタナスの木蔭を逍遙している。スペイン女が、ヴェリストのアメリカ女が、権能を知る英国女が、ユーモアを感じさせるロシア女が、流…

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