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豪華版
ごうかばん
作品ID3451
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「文学会議」第一輯、1947(昭和22)年4月30日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-22 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 どんな作家でも、自分の書く本が立派にこしらえられ、そして見事に売れることをよろこびとする。しかし、その自然なこころもちは、時代のいろいろの関係で、あながち、芸術的に発露されにくい。何しろ、出版企業というものに結びついているのだから。
 文学を愛し、文学をつくる人になる前に生活の必要と文学愛好の心からジャーナリズム関係に入る若い人は、みんな大抵幻滅を経験する。バルザックの「幻滅」とはちがった意味で。遠くから見て敬意を抱いていた芸術家たちが、ジャーナリストとして接触してゆくと、その人々のジャーナリズムへの態度が露呈され、人間的にも幻滅し文学的にも別な目をさまされる。そして悲しいことに、一種の文化的すれからしとなってしまう。「まんじ」が一冊千円ということは、幾人かの人から幾たびかきいた。「まんじ」が千円ということは、今の出版にある一種の傾向から肯けて、それはウィスキイ一本何千円ということに似て理解された。
 志賀直哉が自著入りでやはり千円の本を出す、ときく心持は「まんじ」の場合よりも、もっと文学の圏内におこったことの感じであった。「暗夜行路」をくりかえしよんだ私たちの年代のものは、千円の本をつくる作家志賀直哉に対し、もし事実であるならば暗然とした心もちがある。闇の紙で出した部数が多ければ多いほど、これだけ無理をしているのだからと、次期の割当を増している出版協会の割当方法も奇妙だし、きのうの新聞に出たように、原稿料を基準に本の定価をきめる、という物価庁の意見も腑におちない。文化現象としてよりもインフレーション現象としての出版問題の解決はむずかしく複雑であろう。石橋湛山は、編輯者としてインフレーション問題を扱えば、まさか聖書の文句を引用して幼児の如くあらずんば天国に入るを得ず、とあるから国民よ、幼児のごとく政府を信頼せよ、とは書かなかったであろう。しかし大臣となって、いかな魔法のためか、その椅子はぐらつきつつ顛覆しないときまってみると、なかなか人間をはなれた発言をする。物価庁が、原稿料を基準に、という意見を発表するとき、湛山の役所風なヴァリエーションを感ずる。表通りは固めて、裏はふつうという。――
 書籍の※[#丸付き公、109-18]を原稿料によってきめるとき、現象的にみれば、高い原稿料を基準にするほど企業上有利であろうから、もしかすれば一般の原稿料はあがる、ということになるかもしれない。けれども、そうして高い本が出ると本屋との関係にかかわっているばかりでなく、文学の世界にじかにかかわって来ている。作家の実感にかかわって来ている。そして、日本に、民主的な文学ということをいうならば、その文学の問題にかかわっているのである。
 日本の近代史は、思えば、畳まれた提灯のようだと思う。ヨーロッパが三百年五百年とかかってその一輪、一区切りずつ動いて来たものが、短く明治以来の八…

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