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ボン・ボヤージ!
ボン・ボヤージ!
副題渡米水泳選手におくる
とべいすいえいせんしゅにおくる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「青年新聞」1949(昭和24)年8月16日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-26 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 古橋広之進君をはじめ五名の水泳代表選手が、来る十一日のパンアメリカ号で渡米する。全米水上選手権大会へ、これらの日本の若い精鋭が出場するようになったことは全日本の明るい関心をあつめている。合宿先である福田屋旅館の板前さんまでただごとならぬはりきりかたで、選手のかたは一日一里以上も泳ぐのですから、食事についても十分気をつけてと、もの惜しみしない談話が新聞にのっている。その記事を四、五人の男が珍しそうに大切そうに顔をさしのばしてとりかこんでいる写真がある。そのまんなかで古橋君は若者らしく笑っている。
 この写真を眺めて、わたしはいつか偶然N・H・Kのスタディオで同席した古橋君の笑い顔を思い出した。そのとき、幾人かの人々は、一つテーブルをかこんでかけて、ひまな時間を、低声に雑談していたのだった。古橋君が、世界記録を破った一九四七年の暮のことで、N・H・Kは戦後日本の空を世界に向って明るく開いてくれた古橋君として登場させるわけだった。
 練習のはげしい水泳選手として、寮生活の食事では無理だけれども、大体それでやっていると、古橋君はあっさりした話しぶりだった。日大は、古橋さんというポスターのおかげで、大分便宜を得ているのだし、同窓生たちにとっては、われらの青春のチャンピオンであるわけだから、みんなが協力して、せめて消耗にふさわしい食事ぐらい何とか工夫はできないものかしら、というわたしの言葉に、古橋君は、さあ、とただ笑っていた。
 その後、しばらくして各大学における運動部の内情が、具体的に描き出された雑誌記事があった。私立大のスポーツ・ボスが従来どんなにチームをくって来たか。そのために選手たちのスポーツマン・シップは危機にさらされがちであること、及び、各大学の運動部は、その学校の精神水準としては、社会的認識についても素朴な低い面を代表しがちな傾向について書かれていた。
 またしばらくすると、経済逼迫のために、古橋その他の有名選手たちが夏休みのアルバイトとして、銀座辺で漬物屋の店をひらくとか、そういう店に働くとかいうニュースがでた。そのときとられた写真の中でも、古橋君たちはやっぱり、はっきりとこだわりのない笑顔をしていた。わたしたちは、世界に選手権をあらそう若者たちに、漬物屋をさせる日本であるか、と痛切に感じた。まだ封建の気分がのこっている日本は、若人に対してほんとの人間愛に不足している。青年の新鮮な能力に負わすところは大きいくせに、ふだんの社会生活の感情のなかではその人たちの市民的生活の幸福について関心し、能力を温くはぐくむヒューマニティにかけている。時の花形になったとき、英雄に仕立てあげたときだけ、さわぐ。
 八月七日の時事新聞に「渡米選手晴れの壮行会」の写真が出ていた。ひとめ見て、何となしはっとした。村山主将が立ってマイクの前であいさつしている。左側に古橋、橋爪その…

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