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私の信条
わたしのしんじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十六巻」 新日本出版社
1980(昭和55)年6月20日
初出「世界」1950(昭和25)年10月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-10-30 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一九三八年(昭和十三年)三月に、ナチス・ドイツはオーストリアを合併し、三九年(十四年)三月には、チェコとスロヴァキアとを合併した。五月末に独伊軍事同盟が結ばれ、三ヵ月のちの八月には独ソ不可侵条約を締結した。ヒトラーの政府はラジオをもってこのことを公表した。ナチス軍のポーランド進撃は、それから僅か十日のちのできごとであった。第二次世界大戦はこういう手順でナチスによって放火された。
 その前後のことだった。わたしは、たぶん『新女苑』であったかに、一人のフランス女学生の手記がのっているのを読んだ。いま、その名を思い出すことのできない若いソルボンヌ大学の女学生は、その手記のなかで、次のような意味のことを語っていた。第一次ヨーロッパ大戦から二十五年経過した。私たちフランスの若ものは、第一次大戦ののちに生まれてこんにちまで、世界の平和を希う切実な声の中に成長して来た。わたしたちは、現代の世紀の人類の願いは平和であること、戦争をさけるためにあらゆる努力を惜しんではならないということをモラルとして、少年少女時代をすごして来た。ところが、最近の数年に、世界の平和は、おびやかされ、現在では、世界中が、第二次大戦の勃発をおそれなければならない状態におかれている。
 わたしたちのように平和の願いの中に生まれ、平和の願いのうちに人間精神をめざまされているフランスの若い世代は、こんにち戦争の脅威のうちにも、やはり考えることは戦争ではなくて、平和である。不幸にも、ふたたびヨーロッパが戦場に化すようなことがおこるとしても、わたしたちの考えは変らない。それは戦争は根絶されるべきものであり、世界は平和をもたなければならない、という信念である。
 こまかい活字で三段にくまれていたそのフランス女学生の文章のあらましは、そういう意味を語っているのだった。フランスとドイツとの伝統的な恨みというようなものは、芸術が交流して来たあとを見ても事実としては存在しないこと、その言葉は大衆の祖国愛を利己的に利用しようとする戦争煽動者の口ぐせにすぎないということを、フランスの若い世代はよく理解している。そういうことも簡明であると同時にしなやかなその文章のうちにふれられていた。
 わたしは、その文章をごくあっさりとあわただしい僅のときのひまに読んだだけであった。けれども、不思議に、そこにたたえられていた若い精神の誠実さに感銘がのこった。三九年十二月に国際連盟はソヴェト同盟を除名し、ナチス軍はノルウェー、デンマーク、オランダ、ベルギーを侵略した。そして独ソ間の不可侵条約をあざ嗤って、ナチスの大軍がウクライナへとなだれこんだころ、わたしは、しばしばかつてよんだフランス女学生の言葉を思いおこした。不幸にも、ふたたびヨーロッパが戦場と化すようなことになるにしても、わたしたちの唯一つの考えかたは変らない。それは戦争は根絶され…

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