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火の柱
ひのはしら
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩現代文学大系 5 徳冨蘆花・木下尚江・岩野泡鳴集」 筑摩書房
1977(昭和52)年8月15日
初出「毎日新聞」1904(明治37)年1月1日~3月20日
入力者kompass
校正者松永正敏
公開 / 更新2004-09-09 / 2016-02-22
長さの目安約 231 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

序に代ふ

 是れより先き、平民社の諸友切りに「火の柱」の出版を慫慂せらる、而して余は之に従ふこと能はざりし也、
 三月の下旬、余が記名して毎日新聞に掲げたる「軍国時代の言論」の一篇、端なくも検事の起訴する所となり、同じき三十日を以て東京地方裁判所に公判開廷せらるべきの通知到来するや、廿八日の夜、余は平民社の編輯室に幸徳、堺の両兄と卓を囲んで時事を談ぜり、両兄曰く君が裁判の予想如何、余曰く時非なり、無罪の判決元より望むべからず、両兄曰く然らば則ち禁錮乎、罰金乎、余曰く余は既に禁錮を必期し居る也、然れ共幸に安んぜよ、法律は遂に余を束縛すること六月以上なる能はざるなり、且つや牢獄の裡幽寂にして尤も読書と黙想とに適す、開戦以来草忙として久しく学に荒める余に取ては、真に休養の恩典と云ふべし、両兄曰く果して然るか、君が「火の柱」の主公篠田長二を捉へて獄裡に投じたるもの豈に君の為めに讖をなせるに非ずや、君何ぞ此時を以て断然之を印行に付せざるやと、余の意俄に動きて之を諾して曰く、裁判の執行尚ほ数日の間あり、乞ふ今夜直に校訂に着手して、之を両兄に託さん入獄の後之を世に出だせよ、
 斯くて九時、余は平民社を辞して去れり、何ぞ知らん、舞台は此瞬間を以て一大廻転をなさんとは、
 余が去れる後数分、警吏は令状を携へて平民社を叩けり、厳達して曰く「嗚呼増税」の一文、社会の秩序を壊乱するものあり依て之を押収すと、
 四月一日を以て余は判決の宣告を受けぬ、四月二日を以て堺兄の公判は開廷せられぬ、而して其の結果は共に意外なりき、余は罰金に処せられたり、堺兄は軽禁錮三月に処せられたり、而して平民新聞は発行禁止の宣告を受けたるなり、平民社は直に控訴の手続に及びぬ、
 其の九日の夜、平民社演説会を神田の錦輝舘に開けり、出演せるもの社内よりは幸徳、堺、西川の三兄、社外よりは安部兄と余となりき、演説終つて後、堺兄の曰く、来る十二日控訴の公判開かれんとし花井、今村の諸君弁護の労を快諾せられぬ、然れ共我等同志が主義主張の故を以て法廷に立つこと、今後必ずしも稀なりと云ふべからず、此際我等の主張を吐露して之を国権発動の一機関たる法廷に表白する、豈に無益のことならんやと、一座賛同、而して余遂に其の選に当りて弁護人の位地に立つこととなれり、
 十二日は来れり、公判は控訴院第三号大法廷に開れぬ、堺兄に先ちて一青年の召集不応の故を以て審問せらるゝあり、今村力三郎君弁護士の制服を纏ひて来り、余の肩を叩いて笑つて曰く、君近日頻りに法廷に立つ、豈に離別の旧妻に対して多少の眷恋を催ほすなからんやと、誠に然り、余が弁護士の職務を抛つてより既に八星霜、居常法律を学びしことに向て遺憾の念なきに非ざりしなり、今ま我が親友の為めに同志を代表して法廷に出づるに及び、余が不快に堪へざりし弁護士の経験が、決して無益に非ざりしことを覚り、無…

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